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「中野ブロードウェイ物語」書評 異文化衝突する「日本の九龍城」

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年05月28日
中野ブロードウェイ物語 著者:長谷川 晶一 出版社:亜紀書房 ジャンル:産業

ISBN: 9784750517384
発売⽇: 2022/04/20
サイズ: 19cm/285p

「中野ブロードウェイ物語」 [著]長谷川晶一

 本書に描かれる複合巨大施設「中野ブロードウェイ」は、東京の「中央線文化」を象徴するランドマークの一つだ。
 地下1階から4階のフロアにひしめき合う個性豊かな店舗や飲食店。5階から10階は200世帯以上が住む分譲マンションで、かつては青島幸男や沢田研二も暮らした。
 その鵺(ぬえ)のような建物は、「日本の九龍城」とも呼ばれてきたという。自らも居住区の住人である著者は、妖しい魅力に満ちたこの建物の歴史とそこに集う人々の群像を愛情たっぷりに綴(つづ)っている。
 中野ブロードウェイが竣工(しゅんこう)したのは1966年。当初は屋上にプールや庭のある「ハイソ」な高級住宅として売り出された。
 漫画古書店「まんだらけ」が出店した80年代から90年代にかけては「サブカル」の聖地に。その後、インバウンドにより世界中の「オタク」が集まる名所と呼ばれるようにもなり、近年は高級時計店群が進出するなど、中心なき増殖と再編が続く。
 読んでいて唸(うな)らされたことがあった。それは「ステイホーム」のコロナ禍の東京で、自らの足もとにこれほどの奥深い世界を再発見し、軽快な取材で都市生活者の文化史を掘り出した著者の着眼点だ。
 名物テナントの主人や住民たちなど、中野ブロードウェイに集った人々へのインタビューと様々な来歴……。建物の本質を読み解く〈異文化同士の衝突〉と〈あらたなものを生み出す混沌(こんとん)〉という視点にも、強く惹(ひ)きつけられる魅力を感じた。
 登場人物の一人がこの数奇な巨大建築物について、〈野放図の館〉と表現していたのが印象に残る。
 少子高齢化や人口減少、都市の老朽化、その中でのコミュニティの可能性も含め、稀有(けう)な複合ビルを表現する言葉の数々が、現代社会の重要なテーマにも接続される鮮やかなルポルタージュだ。
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はせがわ・しょういち 1970年生まれ。ノンフィクションライター。著書に『最弱球団 高橋ユニオンズ青春記』など。