これを完成させないうちは死ねない。執筆中に手応えを感じているとき本気でそう思うのだと、マンガ家から聞いたことがある。だから外を歩くときも交通事故が恐(こわ)いので危険な通りを避け、心臓への負担を考えて熱いお風呂にも入らない。本書の題名は、これと表裏一体の気持ちなのかもしれない。
主人公は都会から離れた島に住む高校1年生。生きていく上でマンガを読むことが心の支えになっているほどのマンガ好きだ。ある時マンガは読むだけではなく、描くものでもあるのだという当たり前のことに気づいてしまい、周囲を巻き込みながら創作の道へと踏み出していくさまが描かれる。
心に残るのは、主人公がひたすら「マンガが好きだから描く」のをまっすぐ表現しきっていることだ。素朴でシンプルな気持ちを、ここまでぐいぐい読ませる著者の力もみごとだが、改めて時代の変化も実感する。マンガ家になれなかったらマンガを諦めることが、ひと昔前までは当たり前だったのだ。マンガはただ自由に描けばいい。それをのびのびと表現しきっている本作は「マンガ家マンガ」ではなく、単に「マンガを描くマンガ」として、すがすがしい読後感を与えてくれる。=朝日新聞2022年6月4日掲載