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さそうあきら「絵師ムネチカ」 天才ぶり残酷なほどまざまざと

さそうあきら『絵師ムネチカ』①双葉社 ©さそうあきら/双葉社

 禅寺で修行中の少年時代の雪舟が涙を絵の具に足で描いたネズミを、住職が本物と見間違えたという説話はご存じだろう。その雪舟に勝るとも劣らないのが本作の主人公・ムネチカだ。

 休み時間はもちろん授業中も絵ばかり描いている彼を級友たちは陰気なオタクとバカにする。しかし、ひとたびムネチカの絵を目にした者は、匂い立つような生々しさに息を呑(の)む。不良男子もクラスで一番の優等生美少女も担任教師も彼の絵に魅了されていく。

 いや、それは魅了というより「取り憑(つ)かれる」といったほうが正しいかもしれない。ムネチカの絵に操られるかのように、人々の運命が動きだす。そして、ある事件をきっかけにムネチカ自身にも重大な転機が訪れる。

 映画化もされた『神童』『マエストロ』『ミュジコフィリア』で音楽の才能を描いてきた作者が、本作では絵の才能を題材とした。「僕は絵を描きたいだけ」というムネチカだが、大きすぎる才能は周囲も自分も破滅させかねない。そんな危険も孕(はら)んだ天才の天才ぶりをまざまざと描き出す作者の筆は残酷なほど。同時刊行の1、2巻だけでも衝撃的だが、不穏さと無垢(むく)さを併せ持つ物語は、さらに想像を超えた世界を見せてくれるに違いない。=朝日新聞2025年7月5日掲載