紙島育「ののはな語らず」 草花の魅力的な描写で繫ぐ物語

子どもの頃、祖母から草花遊びの本をもらい、一緒になってあれこれ作った。そんな昔を思い出したのは、本作を読んだから。
古道具屋「ボロ」を営む友野ののこは、長らく見向きもしなかった野の花をつぶさに観察し、図鑑をめくってはその名を調べる。コメツブツメクサ、ノボロギクにヘビイチゴ。亡き祖父が愛した草花に彼女が向き合うたび訪れる小さな発見に、見ているこちらも頰が緩む。端正な線で描かれる柔らかな空気が目に楽しく、半径1000歩の日常が穏やかかつ豊かに思えてグングン引き込まれた。
特に植物の描写が魅力的だ。柔らかな綿毛は今にも飛んでいきそうなほど空気をはらんでいて、陽(ひ)を浴びて生い茂る野の草は会話しているかのようにいきいきと楽しそうで。気持ちの入った線は、物言わぬ草花であっても、読み手を高揚させるものなのだなとしみじみ思った。
気さくにして可憐(かれん)な野の草花だが、なかには手折るとかぶれるものもある。そんな注意喚起を挟みつつ、物語は生前の祖父と孫の秘めた思いに触れてゆく。時を超え、両者の思いをゆっくり繫(つな)いでゆく野の花たち。実は雄弁なのかもと思ったり。=朝日新聞2025年7月5日掲載