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インド文学の豊かな語り伝える「Tombs of Sand」

 英語圏で権威のあるブッカー賞の翻訳部門、ブッカー国際賞が先月発表され、『Tomb of Sand』が受賞した。そのまま訳せば「砂の墓」というタイトルだ。作者はインドのギータンジャリ・シュリーさん、ヒンディー語からの英訳はデージー・ロックウェルさん。

 舞台は北インド。夫を亡くして沈み込み、ずっとベッドから出てこなかった80歳の女性が主人公。壁と背中が一体化しそうなほど落ち込んでいた彼女は、徐々に変貌(へんぼう)を遂げ、家族の心配をよそに、生まれ変わったかのようにパキスタンをめざす。語りは饒舌(じょうぜつ)。自在な言葉遊びとユーモアは、多和田葉子作品を思わせる。

 ヒンディー語の字幕翻訳者、藤井美佳さんに原書と英訳を読み比べてもらった。英訳は一部を除いて原文に忠実で、インドになじみのない読者に注釈が必要そうな単語や文章の説明も最小限だという。「それだけに異文化を読むという豊かな体験ができる。インド・パキスタンの分離独立の時代へ視線を向けた文学としても、注目すべき作品」と話す。

 女性の発する「no」は「nyo」「new」と徐々に変わり、言葉遊びで再生を予感させる。邦訳が待ち遠しい。国内でも通販サイトや大型書店で取り寄せられる。(興野優平)=朝日新聞2022年6月4日掲載