1冊丸ごとデタラメ!?
――「ねえ ねえ。おとうさん。ぼくたちワニは、どうしてワニっていうの?」とワニの子がたずねると「それはね、えものをつかまえるとき『ワッ!』っておどろかして、えものがとれると『ニッ!』てわらうからだよ。だから『ワッ! ニッ!』だ」と答えるお父さん。「へぇ! じゃあブタは? タヌキは?」……。動物の名前についての親子のへんてこなやりとりが続く絵本はどのように生まれたのですか?
大塚健太(以下、大塚):子どもの頃から動物の名前に興味がありました。フンコロガシとか、ハダカデバネズミとか、ヘンな名前が世の中にはいっぱいあるし、「なぜこんな名前なのかな」とか、「誰がつけたんだろう」とか、あれこれ考えるのが好きだったんです。
自分の子どもが生まれてからは、よく一緒に“造語遊び”のようなことをしていました。この世にない、3~5文字くらいの短い単語を作って、さも、そのことをよく知っているかのようにお互いに解説し合うんですよ(笑)。そういうデタラメな言葉遊びってすごく楽しくて。もちろん、図鑑や事典を開けば本当の名前の由来はちゃんと載っているけれど、「いっそのこと、1冊まるごとデタラメしか載っていないような絵本があったら、おもしろいんじゃないかな」と思ったのがはじまりです。
――うよ高山さんは、大塚さんの文章を読んで、どんなふうに思われましたか。
うよ高山(以下、うよ):初めてテキストを見せてもらったとき、読んだその場でおもしろくて笑ってしまいました。本格的な創作絵本に、プレッシャーもあったのですが、とにかく描いているとき楽しくて。本描きで着彩に入ってからも「ここも描き足そうかな」とどんどんアイデアが湧いてきました。
案外ぞっとする話かも
――お父さんワニが、画面いっぱいに大きく、のびやかに描かれているのが印象的です。
うよ:「お父さんは、何でも答えてくれる、大きな存在!!」と子どもは思っているはずなので、その偉大さを絵で表現しようと思いました。子ワニは純真な目でお父さんを見つめているけれど、お父さんは何を思っているのかなあと。子どもを喜ばせよう、楽しませようという親の愛からの解説なのか、それともただのウソなのかと、悶々と悩みながら……お父さんワニの表情に力を入れて描きました(笑)。
大塚:会話の繰り返しなので、「ブタはどうしてブタっていうの?」とか「タヌキはどうしてタヌキっていうの?」と子どもが問いかけるシーンは絵のバリエーションが作りにくかったのではと思うのですが、うまく描いてくださいましたよね。
うよ:「ブタはどうしてブタっていうの?」の場面の、ブタを見つめるお父さんワニは、捕食対象を見ている目ですね。「うまそう」っていう目です。タヌキのときは「毛むくじゃらで、ちょっと食べるのはどうなんだろう」っていう目つきのつもりです。
大塚:なるほど……獲物を見つめている目だったんだ(笑)。僕は動物が好きで、フンコロガシの『フンころがさず』(KADOKAWA)、ハシビロコウの『うごきません。』(パイインターナショナル)など生態からヒントを得たおはなしもいろいろ書いていますが、今回は“名前”に注目してほとんどそれだけでおはなしを作っちゃいました。
うよ:バクが「バクッ」と食べるシーンや、ペンギンがお尻をペンペンされて口を大きく開けるシーンは、実際の動物の口に近づけました。ペンギンの口の中って、歯がなくて、のどの方にむかってギザギザ、トゲトゲしたものがあるんですね。調べると口をあけた姿に迫力があってびっくりしました。
――終盤、子どもの質問に「そのとおり!」と力強く答えるお父さんワニは、大きな鼻先だけが描かれ、目元の表情が見えないですよね。
大塚:それまでさんざん子どもを盛り上げて楽しませて「してやったり」の目なのか、「ヤバい、もうウソだよって言えなくなっちゃった、どうしよう」って目が泳いでいるのか。読む人によって想像する顔が違うでしょうね。
ひょっとしたら子どもは、だんだんお父さんが適当なことを言っているとわかってきているかもしれない。だから「ともだちにもおしえてあげようっと!」という後ろ姿は、お父さんのことを手玉にとっているだけなのかも……と思いながら読むと、案外ぞっとする話かもしれません(笑)。
うよ:最後の最後に、それまでずっと大きい存在だったお父さんワニの全身を描いたシーンがあるんですが、「えっ!! どうしよう……」の後で、お父さんは不安できゅーっと小さくなっちゃってるんです。物知りのフクロウは、「あまり自分を大きく見せないほうがいいよ」と思っているかもしれないですね。
“絵本”にたどり着くまで
――大塚さんは、絵本の文章を書く前は、どんなことをされていたんですか?
大塚:最初は、演劇でした。大学の卒業間近に、友人が出演している舞台を見て感動して、「自分も舞台の上に立ちたい」と思ったのがきっかけ。はじめは役者として演じていましたが、だんだん自分でセリフを書きたくなって。お客さんに笑ってもらえるような、オムニバス形式の喜劇の脚本を書いたりしていました。
アルバイトをしながら何本か舞台をやりましたが、20代後半頃からは生計を立てる方法を模索して、先輩や知人を頼り映像の分野で物書きとしてやっていこうと考えました。番組の企画を考えたり、ナレーション、アニメの脚本など、いろいろやらせてはもらいましたが、仕事もそんなにないし、自分とはどこか合わず苦しい思いもしました。
でも映像ってナレーションでもセリフでも、耳から聞く言葉だけで、ぱっと絵が浮かび、みんなが理解できる文を書かないといけない。耳に心地いい語彙の連なりや、リズムを考えながら短い文をつなげていくわけで、それって振り返ると今の仕事に役立っているなと思います。絵本もリズムや音が大事ですからね。
もともと絵本には興味があり、子どもが生まれてからますますたくさん読むようになりました。そのうちにどんどん絵本の魅力にハマり、自分でも書きたいと思うようになり、今に至ります。
――うよさんはどんな仕事をされていたのですか?
うよ:はじめは洋服の専門学校を出て、アパレル会社にデザイナーとして就職しました。洋服作りの仕事の中でも、デザイン画やテキスタイルの柄など、描くことが一番好きだったので、デザイン会社に転職して、デザイナーをしながらイラストを描きはじめ、独立してフリーのイラストレーターになりました。
雑誌のイラストを定期的に描かせてもらったり、広告のイラストを描くのも楽しかったのですが、続けているうちに、時代性が強いこれらのお仕事とはまた違った、普遍的なものも作ってみたくなりました。
ちょうど人生の紆余曲折、家のことも一段落ついたタイミングがあり「今、やりたいことはなんだろう?」と自分に問いかけたときの答えが絵本だったんです。コロナ禍の時間を使ってオリジナル絵本を作ったり、コンペに出したりしているうちに、今回のお声かけをいただきました。
デタラメって楽しい
――この絵本は、デタラメな動物の名前の由来の連続に、なんだか気が抜けてほっとします。お父さんワニのちょっぴり情けないオチも楽しいですね。
大塚:間違っても、正しいことばかりじゃなくてもいいじゃない。たまにはデタラメなことを考えて遊んでみるとおもしろい。そう感じてもらえたらいいなと思います。SNSへの投稿などで、読み聞かせすると子どもが「えーっ」「ウソだ!」とどんどん突っ込んでくる、という感想を聞くと嬉しくなります。「もう1回読んで!」と子どもにリクエストしてもらえたら最高ですね。
――最近、子どものデタラメ話にドキドキすることがあるのですが……。
大塚:小さい子の作り話っておもしろいから「そうなんだ」って聞いてあげたらいいんじゃないかな。「すごいね」って言って、ぜひ聞いてあげてほしいです(笑)。
うよ:ただのウソじゃなくて、子どもの中には自分の作った世界があって、そこに本当に行ったり来たりしているのかもしれないですね。その世界も、ちょっとのぞいてみたいですよね。