ISBN: 9784480074744
発売⽇: 2022/05/11
サイズ: 18cm/349p
「ルネサンス 情報革命の時代」 [著]桑木野幸司
五〇〇年前の話なのに、全然古くさくない。著者の筆力も理由の一つだが、私たちも情報大爆発の時代にどの情報を選び、何を考えていくか、途方に暮れているからでもあるだろう。
活版印刷技術の進化、古典の発見や復興、欧米列強が侵略した「新大陸」からもたらされる珍奇な植物や動物、原住民たちの風習など、ルネサンス期の人文主義者たちは、自分たちのもとに押し寄せた情報の大洪水に果敢に立ち向かった。
では、その手段とは何か。筆者は「接ぎ木」だと言う。たとえば、古代ローマの記憶術がリバイバルし、それに新たな要素が加わる。古代の記憶術は、情報を入れる「容器」を街や建物に見立て、頭の中にバーチャルに作ったり、イメージに文字情報を凝縮させたりした。ルネサンス期には、書物の流通とそこに掲載されている画像が増えることで、記憶術は洗練され、応用力が高まったという。
その具現化として、フィレンツェのシニョリーア宮殿では、小さな部屋に三十四枚のパネルが上下二段に整然と並び、下段のパネルは扉となっていて、その奥のスペースに主人の宝石、博物標本、精密な機械装置、鉱物資源などが密(ひそ)かに隠されていた。パネルがビジュアル・インデックスの役割を果たしていたのだ。
興味深かったのは、優れた人文主義者の博識に基づき知が環状に配列され、それらが劇場のように交流するルネサンス期の円環的情報整理技術が、やがてフランシス・ベイコンに代表される科学的分類の時代が訪れることで、凡人たちが力を合わせて「知のピースを徐々に組み立て」る方法へと舵(かじ)を切ったこと。ベイコンのやり方は今のネット検索の元祖である。
自分の都合の良い情報だけを抽出し、残りを捨てる現在の情報処理のあり方では「未選択のテーマの発展性」が俯瞰(ふかん)できない。このような警鐘を含む本書は、スマホを手放せない私たちの解毒剤になりそうだ。
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くわきの・こうじ 1975年生まれ。大阪大教授。2019年に『ルネサンス庭園の精神史』でサントリー学芸賞。