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「人生相談 谷川俊太郎対談集」 予想外の展開、聖なる一回性の会話

『人生相談 谷川俊太郎対談集』

 60年の時をかけて、谷川俊太郎が集めた六つの宝石。それをこっそりお裾分けしてもらうような気持ちで読み進めた。

 本書は、1961年に行われた俊太郎さんの父、哲学者の谷川徹三との対談からはじまり、2021年の、「あとがきにかえて」という、俊太郎さんのご子息、音楽家の谷川賢作さんとの対談までが収められている。「お父さん」「俊太郎」と呼ぶ関係で人類と人間について、「賢作」「あなた」と呼ぶ関係のなかで、音楽や映画を語っていく。

 英文学者の外山滋比古とは、現代詩に「声」がないという外山の問題提起から、日本語のリズムや身体性を伴った表現について、詩人でもあり評論家でもある鮎川信夫とは書くという行為について意見を交わす。そして哲学者の鶴見俊輔には本書のタイトルにもなっている「人生相談」をしたくてしょうがないと持ちかける(この対談が大長編で、生活全般に話題が広がっていく様がおもしろい)。北軽井沢の別荘の隣人だったという小説家の野上弥生子との1980年の対談では「俊ちゃん」なんて呼ばれながらも、伝統文化が「混乱」すると予見する野上に、「おばさま」、それはもう混乱ではなく「ありのままの姿」として受け入れるしかなくて正統なんてものは取り戻せない、なんて諭(さと)していたり。

 対談相手は谷川賢作をのぞき全員鬼籍に入っているが、谷川俊太郎は現在90歳。日本人ならだれもが知る詩の巨人が、30歳から90歳まで、対談相手との関係も、自身の考えも変化する対談。これを読み、読者は谷川の人物像を立体的に捉えていく。どの相手との距離感にも馴(な)れ合いはなく、だからこそ得られた内容の普遍性に不思議な読後感を持つ。1885年に生まれた野上弥生子と、1980年にした対談を、2022年に読んで発見がある、この感動はなんなんだろう。

 宝石というほどキラキラした内容ばかりではないのだけれど、そう思ったのはどの対談も公私、上下、職業、そして書き言葉と話し言葉のあわいを行ったり来たりし、茶飲み話のような、でもそのなかに急に本質を突いた話や学術的な話、生活の話が飛び交い、ああ、会話とはこうした、内容で区分けされるようなものではなく、どれもが連続的で、そして予想外の展開になる面白いもの、聖なる一回性の上に成り立つ、とても貴重で、でも人に見られるのが少し気恥ずかしいものだと実感したからだ。だから、お裾分けしてもらった感謝のような気持ちが湧き上がってくる。

 どの対談相手とも話題になる日本語に関する対話が、身体性を伴った会話という形で「書き言葉」として残された理由は、本書を読めば必然とわかるだろう。=朝日新聞2022年7月16日掲載

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 朝日文庫・935円。対談の話題は「月征服は人間に幸福をもたらすか」「日本語のリズムと音」など。解説は、谷川さんと何度も対談している文筆家・内田也哉子さん。