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オルナ・ドーナト「母親になって後悔してる」 押し殺していた逡巡の証言集

 包み隠さぬ強烈なタイトルが、母親たちが心のどこかで密(ひそ)かに感じながら押し殺していたものを表しているゆえに、静かな反響を呼んでいるのだろう。しかし、本書を読み通すのはなかなかのしんどさである。基本的にはインタビュー集であって、まとめの最終章にいきつくまでに、幾人もの母親たちのどこか似通った、しかしそれぞれに微妙な色合いを持つ、白黒つけがたい逡巡(しゅんじゅん)の言葉に耳をすませて伴走することは、非常に稀有(けう)な重要な仕事と認識はできても、単純に読む側の体力を要する。後悔の証言集である。

 子供を持った知り合いと話すとき、「自分の時間がゼロになるって産むまでわからなかった」「誰も教えてくれなかった」という話題になることがある。すぐに保育園に預けられれば別だが、そうでなければ、ゼロになった自分の時間をどうやって、人に頼りながら1時間2時間と作り出せるか、というあがきによってしか、もはや母親の自由時間は得られないものになる。この感覚は体験するまでわからないことであり、熱心なイクメンであっても男性には理解するのが難しい感覚だろう。

 著者は「あなたが選んだことだ! 対処しなさい!」という世間の言葉をあげ、「母は、さまざまな状況下で、自分自身を脇に置き、忘れることを何度もくり返し求められている」「自分の知識や思考や感情から離れなさい」と社会の中で客体たることを求められる構造に疑問を投げかける。歴史的にみれば、滅私的な「完璧な母」は近代においてとりわけ求められ、中世には子育てをめぐるアンビバレンスはもう少しフラットに認識されていたという指摘が興味深い。著者は民話の言葉を引用する。「自分自身よりも、子ども、つまり『自身の肉と血』を愛する者は、子どもの摂理と進歩にすべての活力と運を投資し、自身の魂の贖(あがな)いをおろそかにする」。まず自分を愛せ、というメッセージはすべての母親に、今改めて伝えられてよいものだろう。=朝日新聞2022年7月23日掲載

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 鹿田昌美訳、新潮社・2200円=5刷1万5千部。3月刊。「女性は母親になるべき、良い母親であるべき、という価値観は世界共通。そこが日本の読者にも響いたのでは」と担当者。