現代病ともいわれる鬱(うつ)=メランコリーという気分を、人間はどうとらえてきたのか。デカルトら近世哲学研究の第一人者が、芸術や医学へも越境して、その系譜を一望した。
黒胆汁と呼ばれた体液による病理とし、狂気とする一方、天才的と肯定もした古代ギリシャ。怠惰とみなした中世。やがてルネサンス期にはデューラーの銅版画「メレンコリアⅠ」がコンパスや定規を描くように、幾何学と結びつき、思索と創造性の源となる。
近代に入り、心身の相互作用と説明したのがデカルトだ。そして不安が問われる現代は、フロイトやラカンの精神分析が登場する。
「ロダン『考える人』像は憂鬱質のポーズだと、美術史の本で読んだのがきっかけです。西洋の主体や自我の思考も、憂鬱の流れに裏打ちされていたのかと思えてきました」
東京外大で学び、「知的距離をもち、どこからでも、どこへでも」アクセス可能にみえたデカルトを専攻する。1974年に渡仏し、パリ第1大学大学院で博士号取得。子育ての傍らキャリアを積み、『方法序説』(岩波文庫)の明晰(めいせき)な訳で一般にも知られる、女性哲学者の先行者である。
それがインタビュー冒頭、「実はデカルトがあまり好きじゃなくて……」と苦笑した。
「自分の情緒が入っていかないんですよ。近年はベーコンやライプニッツらとの違い、『ずれ』に着目している。その方が面白い」
留学時代から精神分析に興味をもっていた。ヒステリーや、女性と狂気の本の翻訳もある。「理性からはみ出すもの」にひかれてしまう理由を自問する。
快活で早口。家族には「ぽーっとした性格」といわれるそうだが、研究と実存の間に距離をおく、長年のスタイルは本書で崩していない。(文・藤生京子 写真・横関一浩)=朝日新聞2022年7月30日掲載