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よしながふみさん「仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ」インタビュー 私にとって漫画は切実なもの

漫画はコミュニケーションツール

――『あのひととここだけのおしゃべり』(白泉社)という対談集をこれまでにも出版されていますが、今回のようなインタビュー集を出された経緯を教えてください。

 最初にお話を頂いた時は、対談+インタビュー集みたいなものを作るという企画で、対談はゲストの方のお話がすごく楽しいからそれならいいなと思っていたんです。結局、私の話が大半を占めることになったのですが、聞き手であるライターの山本文子さんはBLに造詣が深く、20年以上お付き合いのある方なのでインタビューは楽しかったです。

――全編語り下ろしという、ファンにはたまらない一冊ですが、ご自身で作品を描くのとは違い、お話ししたことが本になるというのはどんなお気持ちですか?

 とても不安です。漫画も不安なんですけど、少なくとも漫画は自分が読みたいものを描いているから「きっと大丈夫」と思えるんです。だけどこれは「近所のおじさまが配ってくださる自分史」みたいな感じで(笑)、「買って読んで下さる方はいるのだろうか?」と不安な気持ちでいっぱいです。

――第1章から2章にかけては、よしながさんが幼少期から小、中、高、大学生と、各年代で読まれてきた漫画作品について言及されています。

 漫画家になる前にどんな漫画を読んできたかというところを、本書の中で一番熱くお話ししたと思います(笑)。プレゼンをしたくなるほど素晴らしい漫画がたくさんあるので、紹介できたのはとてもうれしかったですね。

 親戚の人や友達にもらって、小学生の時には1000冊くらい持っていました。実際に読んだのはもっと多いから、いずれにせよすごい数の漫画を読んできましたね。自分で漫画雑誌を買うようになったのは小学4年生ぐらいの時で、そこから雑誌に載っている作品の漫画を単行本で買っていきました。

 当時、漫画は友達とのコミュニケーションツールになっていたので、クラスメイトの話についていくために読む漫画と、自分が大事に読みたい漫画に段々分かれていきました。クラスの会話についていけなくなるから『キャプテン翼』を読んでいたし、テニス部の子たちに合わせて『ホットロード』も読んで、本をたくさん読む子たちに合わせて「ぶ~け」の作品も・・・・・・とそれぞれの属性に合わせて読んでいたものもあります。

味わいの表現に驚いた「美味しんぼ」

――本の中で『美味しんぼ』と出会ったときの衝撃について語っていらっしゃいますが、私も『美味しんぼ』の知識で育ったようなものなのでシンパシーを感じました。

 私はキャベツとわかめと油揚げのみそ汁が好きなんですけど、「みそ汁の具が2種類以上はダメなんだよね」とか、この間も知人と「ワサビは刺身に直接のっけて食べるものだと海原雄山が言っていたよね」と話したりして、けっこう覚えているなと今になって思います。

――味についての表現が子どもには新鮮で、当時ほぼ全巻のセリフを暗記していました(苦笑)。

 分かります! 「まったりとしてコクがある」というセリフは、まだ味わいの表現があまりない時に突然出てきたので「これはすごい表現だな」と思いました。

――食以外にも、山岡士郎と海原雄山の親子関係や社会問題なども描かれていますよね。

 雄山と山岡さんの親子対決って、『巨人の星』から連綿と続いてきた少年漫画の流れだと思うんですよね。そこに栗田さんというかわいいお相手がいる、という割とオーソドックスな骨組みなんですよ。

 雁屋(哲)先生は元々少年漫画の原作をおやりになっていた方なので、きっと今までご自分が描いてきた人間関係の上に、食べ物を乗っけていった作品なんじゃないかと個人的には思います。あとは、絵をお描きになっている花咲(アキラ)先生も、よっぽど食べ物がお好きな方なんじゃないかと。

――やはりご自身が食べ物を好きじゃないと美味しそうに描けないものですか?

 絶対そうだと思います。好きじゃないと、同じ写真から起こすのでもきっと違うことになると思うので。例えばお米を一粒一粒全部描くと、とてもグロテスクなんですよ。食べ物って、元々生きていたものを殺した果てのことなので基本的にすごくグロテスクなんだけど、それをどう美味しく描くかは「好き」な気持ちがないとできないだろうなと思います。

――『きのう何食べた?』や『西洋骨董洋菓子店』など、よしながさんの作品にも数多くの食べ物が登場しますが、食べ物を描くときに心がけていることはありますか?

 私の場合は、アシスタントさんに写真を見て描いてもらっています。やっぱり食べるのが好きな人だと思いや関心があるので、そういう方に描いてもらうとケンジとシロさんの一すくい分の量が違うことも自然と分かっているから、こちらからあまり指示しなくても大丈夫だったりします。

――多くの漫画作品をインプットしてこられて、ご自身でアウトプットする際に活かしたことはありますか?

 コマ割り、特にコマ割りのリズムですね。何かリアクションする前に相手のことをじっと黙って見て、それから行動を起こす、みたいなイメージは、いつも大島(弓子)先生の漫画が浮かぶんです。要はその前に原因があるんですけど、次のリアクションをするとき、どういうリズムがあるのかということは他の漫画でもよく見かけるので参考にします。

 大島先生もそうですが、素晴らしいコマ割りは実際の人間がそうなった時の生理的なリズムに近いんだと思います。例えば自分が何かに怒った時、「すぐに物を投げないよね」と思うし、相手の言ったことを咀嚼して、それから怒りが湧いてものを投げるっていう過程を一コマで見せるということなのかなと思います。

同人誌は麻薬に近い楽しさがあった

――「いじめ」という言葉が世間で騒がれ始めた中学時代は、悪目立ちしないようにと、漫画好きを公言しないようにしていたそうですね。「好きなもの」を隠すのがつらかった時の救いになったのが、田中芳樹さんの小説『銀河英雄伝説』だったとか。

 それまでは連載中の作品を好きになったことはほとんどなかったのですが『銀河英雄伝説』は初めてハマった現在進行形の作品でした。この作品は書き下ろしなので連載というわけではないけど、読んでいる人たちが周りにもいたし、アニメになる前だったのですが同人誌は出ていて、小説の中の名場面を漫画に描く人がたくさんいたんです。

 ある主要なキャラクターが死んだときは私も「ギャー!」って泣き叫んでいました(笑)。田中先生は「皆殺しの田中」というすごいニックネームがついているのですが、それはその後についたあだ名なので、まだ田中先生の本質が分からず読んでいた頃だから「まさかあの人が物語の中盤で死ぬとは」と誰もが思ったと思うし、亡くなった場面は色々な同人誌作家さんが何回も描いていました。

――その頃から同人誌にも触れるようになったのですか?

 そうですね。特に「銀英伝」の同人誌は創作を加えるものばかりではなく、小説に書かれているセリフをそのまま自分なりに絵で起こす作品が多かったので、その人が亡くなっていくところを見てみんなで泣くっていう(笑)。そうやって、この作品を好きな人たちみんなで弔うというか、ショックをみんなで共有して、その気持ちを納めるといった経験ができたのは楽しかったですし、この作品は「推し活」という一言に尽きます。

 ハマるものがなかったときは「コミケで何万も使っているけど、何で?」って思っていたけど、いざ自分に「推し」ができるとそういう気持ちが全部分かるんですよね。私も高校時代はバイト代を全部つぎ込んでOVA(アニメのオリジナルビデオ)を買っていましたから。

――よしながさんにとって、漫画は青春時代の支えになっていたんですね。

 私にとっては、娯楽というよりももうちょっと切実で、ないと本当に生きていけないくらいの支えでした。中学時代もつらかったんですけど、高校に入ってすごく楽になったわけでもなかったんです。だけど「とりあえずこのイベントまではがんばろう」とか「この作品の最終巻が出るまでは絶対に生きよう」と思っていました。

 学校生活自体が楽しくなるわけじゃないけど、飛び飛びにそのすごく楽しいことがあったからちゃんと生きられる、という存在でした。

――同人誌と出会い、よしながさんが初めて描いた二次創作漫画が『ベルサイユのばら』。そして『SLAM DUNK』では木暮と三井のBL作品を描かれています。木暮はメインキャラクターではないけれど「三井と再会した時、本当はこう思っていたんじゃないか」など、本作では描かれていない空白の部分を想像して描くのがお好きだったそうですね。

 同人誌の醍醐味って基本それです。例えば『キャプテン翼』だったら、敵のチームに日向小次郎と若島津健がいるんですけど、ファンの人たちは「この人たちはどうやってお互いを認め合うようになったんだろう?」とか、二人は同い年なのに「若島津は日向のことをさん付けしている!」とか、ちょっとした言葉尻などから色々考えていくのが楽しいんです。

 (同人誌を描くことは)麻薬に近い楽しさがありました。同人誌を買っていた時も「これがあれば生きていける!」と思うくらいの支えだったのですが、自分が描くようになって、それを読んでくれる人がいて、私もみなさんの作品を読んでいくうちに感想を言い合う友達ができて。もう毎日ドーパミンが出っ放しで、ちょっと頭がおかしくなるくらい楽しかったです。

「アンティーク」の関係性は「ルパン」

――同人誌での活躍を経て、オリジナル作品『月とサンダル』で漫画家デビュー。ブレイクのきっかけとなった『西洋骨董洋菓子店』は、深夜まで営業している洋菓子店「アンティーク」を舞台に、店のオーナー・橘を軸にした日常や人間関係を描いたお話です。ゲイでパティシエの小野が、橘に高校時代告白してこっぴどくフラれるというBL要素もありながら、見習いのエイジ、橘の幼なじみの千影を含めた主要キャラクターは誰もカップリングにはならないんですよね。家族でもなく、友達でもないこの4人の関係は一言では説明できない繋がりがあって、うらやましく感じました。

 この作品を描いていた当時は、この4人のことをよく「ルパン(三世)一味」って言っていました。彼らって何かプロジェクトがある時だけ集まってみんなでやり遂げるけど、それが終わると離れていくじゃないですか。仕事をしている間はすごい団結力ですけど、じゃあ彼らは友達かっていうとそうでもないし、場合によっては裏切り合うこともあるのでちょっと緊張感もある。そういう一種の「はかなさ」みたいなものは、仕事じゃないとできない関係なので、そういうところがかっこいいなと思ってイメージした部分もあります。

――本作は、橘が誘拐された過去にどう向き合うかということがテーマだったそうですが、そのアンサーとしてよしながさんが込めた想いが「トラウマは別に克服する必要は無い。苦手なものは苦手なままで良い、それでもきっと幸せになれるよ」と本書で仰っています。

 私はトラウマって持病のようなものだと思っているんです。糖尿病がある人も痛風がある人も、治すというよりは気をつけながら「そういうところが私にはある」と思って日々を生きるみたいなことだと思うんです。虫歯もそうですよね。何にも気をつけてなくても一本もできない人もいれば、すごく気を遣って歯を磨いていても虫歯になっちゃう人もいて。そういうのってとても不条理じゃないですか。でも自分は自分として生きていくしかない。

――『西洋骨董洋菓子店』と、その後に発表した『大奥』『きのう何食べた?』はいずれも映像化されて、よしながさんの人気を不動のものにしていきました。新たなファンも獲得されていますが、原作を実写化する意義をどのように捉えていますか。

 メディアミックスによって、どれだけの方が漫画まで来るのかということもあるのですが、実写化された作品を見て「それが面白かったらよかった」で終わって、別に原作は読まないという人の方が圧倒的に多いと思うし、私自身もそれでいいと思っています。漫画は素材の一つなので、出来上がった方が成功してくれるのがこちらも一番ですし。「何食べ」に関しては役者さんが原作に寄せてくださったのであまり違和感がなかったから、比較的どちらも行き来できるのかなと。

 ただ、作家としては普段想定している読者さんではない方も読むので「大丈夫かな?」という不安はあります。実写化になることで普段の仕事とは違った仕事も増えますし、そちらに引っ張られて漫画が疎かになるのは本末転倒なので、どういう状況になってもちゃんと描ける状態でいようと、心がけていることはいつもそれだけです。

「誰のせいでもないのに悲しい」物語

――本書のあとがきで「私が描き始めた頃とは漫画を取り巻く環境も大きく変わっていて」と書かれています。当時と今ではどんな違いがあるのでしょうか。

 まずWEBがあるかないか、ということですね。4コマみたいな漫画であれば即座にあげられるし、すぐに読んでもらえる。同人誌などの場合は紙に描いて印刷、出版しなければいけないので、描いてから読んでもらうまでものすごいタイムラグがあるからその速さが違いますね。

 今はどこに住んでいても、とりあえずパソコンとお絵かきツールさえあれば作品をあげられるので、特に趣味でやる分にはお金もかからないから絶対に今の方がいい環境だと思います。

――よしながさんの作品全体に通底するテーマはありますか?

 本書の中でも言っていることですが、私は「誰も悪くないけど悲しいことが起こっちゃう」ということが好きなんですよ。それが自分のテーマというわけではないですが、例えば、社会の間違っていることを全て正したとしても、事件や災害はなくならないと思うんです。そういう、がんばっても解決しないことや、誰のせいでもないのに悲しいという状態に切なさや物語性を感じて惹かれるので、どの作品でも描いていることですね。

――読者として、また描き手として漫画にしかない魅力をどんなところに感じますか?

 『美味しんぼ』などの食べ物ジャンルもそうですが、「スポ根」などの「一芸もの」とか、漫画特有のジャンルがあるんです。もちろん魅力はそれだけじゃないんですけど、私は漫画がなかったら物語というものにほとんど触れない人生だったと思うし、これまでの支えにもなっているので、出会えて本当に良かったと思っています。

 これからも漫画家を続けていくために、まずは自分の健康を守ったうえで、自分のキャパシティを超えない範囲で仕事をしていきたいと思います。

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