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「今夜すきやきだよ」「今夜すきやきじゃないけど」谷口菜津子さんインタビュー 普通の結婚、本当の幸せって何?

噴き出た「結婚」への疑問をマンガに

――恋愛体質で結婚願望の強いあいこは、仕事はバリバリこなすけど家事は苦手。恋愛や結婚に興味がないともこは、料理が得意だけど「いい奥さんになれるよ」と言われるたびにモヤモヤ。シリーズ1作目の『今夜すきやきだよ』では、そんな正反対なアラサー女子の共同生活を通して「普通の結婚ってなんだろう?」と問いかけてきます。この作品を描く出発点はなんだったんでしょう?

 ちょうど連載のお話をいただいた頃、私は結婚した直後くらいで、「結婚とは何だ?」と日々悶々と悩んでいた時期でした。相手のことは大好きなのに、「離婚したい、離婚したい」と思ってしまうのはなぜなんだろうと、毎日のように考えては自分の気持ちを紐解いていて(苦笑)。「好き」という気持ちの勢いで結婚してしまったけど、意外と結婚って思っていたほどロマンチックなことじゃないってことに気づいてしまったんですね。

 家族の新しい付き合いや手続きごとが発生して、「何で女の私だけが苗字を変えなきゃいけないんだろう?」とか「そもそも結婚って男女じゃないといけないの?」とか、いろんな疑問が止まらなかったんです。結婚という制度が単純にパートナーと暮らしやすくするための法律だったとしたら、男女じゃなくてもいいはずだとか、仲が良くて一緒に暮らしやすい友だちとパートナーシップを結んで暮らしてもいいじゃないかと、いろいろ考えたことをマンガにしたいなと思って描き始めました。

――結婚や恋愛などで語られる「普通」や、ともこの嫌いな「そういうもの」という言葉に対して疑問を持つようになったのは、何かきっかけが?

 結婚については、自分が結婚をしてみて初めて気づいたんですけど、子どものころから「女の子らしくしなさい」「子どもらしくしなさい」といった言葉には、けっこうイライラする子どもでした。なんでそうしないといけないんだろうと思ったし、理由がわからないと納得できなくて、かえってそうしたくないタイプで。

 すごくよく覚えているのが、小学生のときに食パンの食べ方を「キモい」って言われたことです。給食で食パンが出て、私はちぎって団子みたいに丸めて食べていたんですね。そしたら、それを見たクラスメイトたちがワーッて集まってきて「キモい」「変だよ」って。いま思うとまわりの子たちの気持ちもわかるけど、「食パンはこう食べるべき」という同調圧力的なものを感じて当時はすごく傷ついた記憶があります。私としては「この食べ方が食感も出ておいしいと思っているからいいじゃないか!」って。

『今夜すきやきだよ』(新潮社)より

――結婚願望が強いあいこですが、プロポーズを受けてもすんなりとは結婚できません。あいこが「結婚」に対して抱いている複雑な気持ちには、ものすごく共感しました。「結婚したい」「結婚しないと幸せになれない」「結婚したくない」、そういう相矛盾するような思いの間で揺れてもいいんだよって、言ってもらっているみたいで。

『今夜すきやきだよ』(新潮社)より

 揺らぎますよね。心って常に芯が1本通っているというものじゃなくて、ブレブレなんだなと。私も大学生の頃は「別に結婚しなくても自分自身で満足できる生活ができればいい」と思っていたんですけど、女友だちに「結婚しなさそうだよね」って言われて悔しくて、チャンスがあったら結婚しようって思っちゃいました。その女友だちの言葉は「結婚しなくても幸せそうだよね」という良い意味だったのかもしれないですけど、当時は街コンや婚活がブームで、人として劣っているという意味だったらどうしようと思ってしまって……。いま思うと、そんなこと気にするなと声をかけてあげたいですけど。

苦手な家事と向き合って気づいたこと

――シリーズ最新作の『今夜すきやきじゃないけど』では、自分の幸せの在り方がテーマになっています。要領が悪く部屋の片付けも苦手な広告代理店勤務の姉・たつきと、自分探し真っ最中で就活を目前にフワフワさまよっている大学生の弟・とらおが二人暮らしを始めて自分サイズの幸せに向き合っていく。印象的だったのが、二人の母親の存在でした。特に同性のたつきにとっては、バリバリ働いて子育ても家事も頑張っていた母親のようにならなければならないというプレッシャーが無意識に重荷になっています。

 いま私は34歳なんですけど、自分たちの世代で思うのは、専業主婦になるという前提なしに育てられた世代で、女性も自立しなければならないという気持ちがとても強いということ。でも、実社会では女性が自立して一人で食べて生きていくというのは、まだ難しいところもありますよね。成長途中というか、まだ誰もができることではない気がします。

『今夜すきやきじゃないけど』(新潮社)より

 前作『今夜すきやきだよ』で、あいこは仕事も順調で経済的にも自立しているし、ともこも絵本作家をしながら家事もきちんとこなしてと、ちょっとちゃんとしすぎたキャラクターを描いてしまったなと思っていて。そんな二人とは逆の、バリバリ働きたい理想像はあるけど実力がそこまで伴っていなかったり、やりたいことがフワフワしていたりするキャラクターを通して、自分の理想と私的な幸せを求める気持ちとのギャップや葛藤を描きたかったんです。

『今夜すきやきじゃないけど』(新潮社)より

   それと、前作について、あいこがともこの家事能力を搾取しているという感想をSNSで見かけたんですよね。自分としては、そうならないように家賃の支払いはあいこが多め、ともこが家事をしてくれることへの感謝を示すなど、二人を対等に描いたつもりだったんですけど、そういう反応があるということは何か拾いきれていないものがあったのかなと思いました。自分自身も家事がわりとダメで料理と洗濯以外はほとんど夫にやってもらっているんですけど、家事をちゃんとやってこなかったから見えていないものがあるんじゃないかと思ったんですよね。それで、自分自身も家事と一から向き合ってみようという気持ちもありました。

――だから、掃除や部屋の片付けが物語の一つの軸としてあるんですね。あとがきに「自分の部屋を整えることはセルフケア」の一文があって、ハッとさせられました。家や部屋って、自分自身の心でもあるんだなと。私も部屋を散らかしてしまいがちなので……。

 よく言いますよね、「写し鏡」って。散らかっているときは己の心が荒れているときだ、みたいな(笑)。『今夜すきやきじゃないけど』を描く直前までは、私も散らかった部屋に合わせて生活していたんですよね。でも、やっぱりちゃんと掃除をするとめちゃくちゃ暮らしやすい。散らかった部屋で寝て目覚めても、リセットされないというか。きれいにした部屋だと一日の区切りがつくような気がするんですよ。日々が地続きだとやっぱり疲れるじゃないですか。今日という日を終わらせるのはすごく大事なことだなと思って、一日の区切りをつけられるような空間にしなければと思うようになりました。部屋の掃除をするのが難しいぐらいに心が沈んでいるときは、ゴミを一つ拾うだけでもいいんですよね。

ドラマ化で作品がアップデート

――2作ともにおいしそうな料理が出てくるのも、読んでいて楽しいところです。どちらも物語終盤に、みんなで餃子を囲んで食べるシーンが出てきますよね。谷口さんにとって餃子は何か特別な料理なんでしょうか。

 描いているときは特に意識していなかったんですけど、確かに2作ともに登場する料理ですね。言われてみて気づいたんですけど、多分、友だちと餃子を作ったときに、餃子を包んでいざ鉄板に並べてみたら形が全員違っていたのがすごく面白かったからだと思います。各々が暮らしてきた家の包み方だったり、自己流のやり方だったり、それぞれの価値観がいっぱい並んでいるような感じがしてすごく楽しかった。その記憶もあって、自分の中で餃子ってよいものとして印象付けられているのかもしれません。

――放送中のドラマ「今夜すきやきだよ」でも料理シーンや食事シーンは本当においしそうです。ドラマでお気に入りのシーンや印象に残っているシーンは?

 第4話の「光輝く牛すじ肉まん」がすごく気に入っています。私は単純に牛すじの肉まんっておいしそうだなと思って描いたんですけど、時間をかけて煮込むほどトロトロでおいしくなる牛すじから、人が年齢を重ねていくことに対するポジティブなメッセージへとつなげてくれたんですよね。20代前半のころは30代になるのが怖かったんですけど、いまは40代、50代を迎えるのが少し楽しみというか、健康的には不安もあるけど精神的にはもっと深くなれるんじゃないかなって思っています。

ドラマ24「今夜すきやきだよ」第4話「光輝く牛すじ肉まん」より Ⓒ谷口菜津子・新潮社/「今夜すきやきだよ」製作委員会

 『今夜すきやきだよ』は2019年から描き始めた作品で、もう4年も経っているんですよね。このマンガで描いたことが「こんな時代もあった」「古い」と思われるようになってほしくて描いたマンガです。このマンガを素材にいろんな議論や意見が出たらいいなと思っていたので、今年ドラマ化されたことで作品としてアップデートされた感じがしています。ドラマはプロデューサーや脚本、監修の方など、いろんな人の考えが組み合わされてできているから、一人ではできない深みや良さがありますよね。自分のマンガをもとに、さらにいいものを生み出してもらえて、すごくうれしいです。

――最後に、今後描いてみたいのはどんな話ですか。

   主題ではないんですが、作品の中の一つのテーマとして描きたいと思っているのは、おじさんと若い世代が共存できるような素敵な話です。わりと年配の男性の方からファンレターをいただいたり、サイン会に来ていただいたりすることもあるんですよね。でも皆さん、照れ隠しなのかもしれないけど「こんなおじさんが、すみません」みたいなことをおっしゃるんですよ。一生懸命生きてきてそんな風に思ってほしくないなと思って。私もこれからおばさんになっていくわけですから。

   50代くらいの男性から「自分たちの世代とは価値観が違うけど、いまの若い人たちはこういう気持ちで過ごしているんだと勉強になった」という感想をもらったときには、すごく感動しました。自分も年を重ねても若い世代ともちゃんと関わって、変化し続ける人でありたいなと思います。そのためにはどうしたらいいんだろうというのが、最近よく考えるテーマです。