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山本省三さんの科学絵本「ゾウの長い鼻には、おどろきのわけがある!」 遺体科学者のおもしろ解剖学をわかりやすく

文:日下淳子

ゾウは海の中で暮らしていた!?

——有名な昔話に、ゾウの鼻はワニにひっぱられて長くなった、という説話がある。本当かどうか、誰も見たことはないのだが、最新の科学ではどんなふうに考えられているのか? 山本省三さんが、遠藤秀紀さん(東京大学総合研究博物館教授)の動物解剖学の話に魅せられて描いた絵本が「動物ふしぎ発見」シリーズ(くもん出版)だ。

  「動物ふしぎ発見」のシリーズは、パンダ、ゾウ、アザラシ、ペンギン、アリクイと、それぞれの動物の身体の不思議を遠藤さんにお聞きして、絵本にしたものです。遠藤さんは解剖を専門にされていて、遺体から動物の進化や役割を探る研究をされています。とてもユニークな方で、「僕は獣医の資格を持ってるんだけど、動物の命を一度も救ったことがないんですよ。死体にしか興味がなくて(笑)」なんて言うんですよ。解剖から見えてきた、動物たちの進化の歴史について話してくれました。

 『ゾウの長い鼻には、おどろきのわけがある!』の絵本を描いたときは、ゾウが昔は海で暮らしていたのではないかというお話をしてくれました。ゾウの化石が海の周りで多く発見されていることと、海獣の特徴である房状腎臓(細かく仕切りがある腎臓)を持っていることがわかって、動物学者の中ではゾウは海中で暮らしていたんじゃないかとも言われているんですよ。

『ゾウの長い鼻には、おどろきのわけがある!』(くもん出版)より

 動物は真水を取り込まないと生きていけないので、海水で暮らす動物たちは、塩水を腎臓で何度も濾し、一つが痛んでも替えがあるように、房状腎臓を持っているのだそうです。ゾウは陸上生物なのに、不思議ですよね。だからもしかしたら、鼻は海中でシュノーケルのように使われたのではないか? というふうに遠藤さんは考えているとおっしゃっていました。大人でも知らないことが多くて、このおもしろさを絵本で伝えたいと思いました。

——学問を絵本にするのは、とても難しい。解説部分が難しく長くなりすぎる傾向があるが、このシリーズは、とてもわかりやすい。「頭のてっぺんに鼻がある動物もいる。そういわれて、すぐ思いつくかな?」という問いかけから始まる。意外性のある答えが続き、次を知りたい、という気持ちがどんどん湧き上がってくる。

 どういう描き方をすれば、年齢に関係なく理解してくれるのかということを、すごく考えましたね。遠藤さんにはじめてお会いしたときは、「絵本の協力はしたいのですが、比較形態学は難しいので、小学生には理解できないかもしれないですよ」と言われたのです。でも僕が理系脳ではなかったことも、逆に良かったのだと思います。教えていただいたことを自分なりに読み解き、何度も質問しました。

 絵本はただ教えるのでなく、疑問を解決していくような形で作っていきました。絵本になってたくさんの反響がきたとき「いくらいい研究も、わかりやすく伝えられなければ意味がないんだね」と遠藤さんに言ってもらえて、絵本にした甲斐があったとほっとしましたね。

『ゾウの長い鼻には、おどろきのわけがある!』(くもん出版)より

未来の動物学者を育むきっかけに

——山本さんが、科学に興味を持つきっかけとなったのは、遠藤さんの話を掲載した新聞記事だった。動物の新発見の話に、子どものようにワクワクするとともに、罪悪感も芽生えたという。

 このシリーズを描くまで、私は科学絵本なんて描いたことがありませんでした。きっかけは、日経新聞のエッセイで、「パンダに実は7本目の指があって、それで笹をつかむことができる」という遠藤さんのお話を拝見したことでした。びっくりしましたね。クマだったら片手でものをにぎるなんてあり得ないので、動物学的にとても珍しいことなのだそうです。

 ところが私たち絵本作家は、普通にクマにものを持たせて描いているんですよ。それは擬人化しているからなんですが、動物をかわいく描いていただけで本当は違うということにショックを受けました。子どもの科学の目を曇らせてしまっていることはないんだろうか、という思いもありました。それとともに、パンダにそんな秘密があったなんてとワクワクした気持ちもあって、絵本にしたいと思ったんです。その企画が通って、1冊目に『パンダの手にはかくされたひみつがあった!』、2冊目に『ゾウの長い鼻には、おどろきのわけがある!』を出すことになりました。

——全5冊となった「動物ふしぎ発見」シリーズは、第34回日本児童文芸家協会賞特別賞を受賞。東京・新宿で原画展を開催した際には、遠藤さんがサル、ウシ、モグラなどの骨を持ってきて小学生に特別授業を行った。いままで動物を「かわいい」という目でしか見ていなかった子どもたちにも、こうした絵本を通して観察眼が育っていくことを、山本さんは期待している。

 「見方を変えたら、世の中おもしろいことがあるよ」と伝えたいんです。何気なく見ていた動物にそんな秘密があったんだって驚きを感じてほしいし、そのおもしろさを他の人と共感してほしい。さらに、他の動物も観察したい、知りたいと、読者の中から動物学者になる人が出たら嬉しいですね。