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「成長の臨界」書評 日本経済の全体を鳥瞰する試み

評者: 神林龍 / 朝⽇新聞掲載:2022年09月03日
成長の臨界 「飽和資本主義」はどこへ向かうのか 著者:河野 龍太郎 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:経済

ISBN: 9784766428346
発売⽇: 2022/07/06
サイズ: 20cm/518p

現在の社会システムのまま、同じような経済活動を続けていけば、いずれ限界=臨界が訪れる。現状が維持不能なら、次に来る秩序はどう形成されるのか。エコノミストが現況を怜悧に分析…

「成長の臨界」 [著]河野龍太郎

 現役の経済学研究者の本といえば、「こんなに使える経済学」的ノウハウ本。経済の実態解説は、最近もっぱらエコノミストの役回りだが、彼らの書き物はどうしても新書や雑誌などに偏る。激動する時代にありながら、日本経済の全体像を示す著作がなかなか現れない理由だ。この中あえて、500頁(ページ)を超す硬派な解説書を世に問うたのが、長くBNPパリバ証券で活躍してきた河野龍太郎だ。
 もともと経済現象とは、単一の原因が単一の結果に直結する「単線」の束ではなく、原因と結果の関係が混然一体となっている。エコノミストの書物としては異例のこの頁数は、筆者がわかりやすさを犠牲にしてでも日本経済に真摯(しんし)に向かい合った証(あかし)だといえる。
 本書で注目すべき点はいくつもある。まず筆者は、潜在成長率(あるいは自然利子率)の低下が金融政策と財政政策の働きをかなり限定していると考える。その背景には、アベノミクスの失敗に加えて、とどまることのない技術革新と避けがたいグローバル化の波がある。すでに実効為替レートが70年代の水準まで弱まっているだけではなく、将来的にも、従来難しいとされたサービスの外注化(ホワイトカラーオフショアリング)が広範に発生するというのが筆者の見立てだ。
 この隘路(あいろ)から脱出するためには幻となった「構造改革」が必要で、本書でもさまざまな提案がなされている。目を引くのは、3年ごとに社会保障負担を減らすのと同時に消費税を0・5%ずつあげるという、いわばステルス税制改革だ。これだけを切り取ると即座に拒否感を抱く読者も多いかもしれないが、このアイデアは経済政策の政治からの独立を示唆するし、最低賃金の底上げにも応用でき、本書のような広い地図の中でこそ説得力が増す。政策効果の大小など、まだ必要な議論は残されているが、現在の経済政策の議論には本書のような鳥瞰(ちょうかん)図が不可欠なことがわかる。
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こうの・りゅうたろう 1964年生まれ。BNPパリバ証券経済調査本部長、チーフエコノミスト。『円安再生』など。