「自分の書きたいもの この世のだれも書いていない」
遊牧社会で暮らすマーラは、芝居の筋書きを考え、演出を手がける女性。族長に認められた腕の持ち主だ。マーラが暮らす社会で、ある日突然「動くもの」が一切、見えなくなる。族長に命じられ、マーラは大事な集いの場で芝居を披露する。通し稽古なしで本番を迎えるが、演者は動いた途端、観客の目に映らなくなる。表情も動作も伝わらず、「見えない」現実を突きつける結果となった。制約のなかでも芸術を信じ、葛藤する人たちを描く。
選考委員の東山彰良さんは贈呈式で、「作品を貫くテーマは、想像力に対する信頼。コロナ禍や、ロシアのウクライナ侵攻が続き、多くの作家が無力感にさいなまれてきた。本作はそれでも想像力を見捨てない。想像力によってものごとを解決する道筋があるという寓意(ぐうい)をきちんと示してくれている」と評した。
天城さんは「未熟な自分への無力感がなくなることはない。でも、自分の書きたいものは、まだこの世のだれも書いていないという確信がある」と、作家としての決意を新たにした。
「だれもが口をそろえるような圧倒的な才でなかったとしてもいい。わたしはこの確信にしたがって、小説を書き続けることに決めました。わたしのなかにしか存在しないものが、いつか、だれかのなかにも息づくことを願いながら」(田中瞳子)=朝日新聞2022年10月5日掲載