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「文にあたる」書評 職業としての校正 本のために

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月08日
文にあたる 著者:牟田 都子 出版社:亜紀書房 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784750517544
発売⽇: 2022/08/10
サイズ: 19cm/255p

「文にあたる」 [著]牟田都子

 著者は「本」というものを、なんと愛している人なのだろう。「校正・校閲」という自らの仕事について綴(つづ)る本書を読みながら、幾度となくそんな思いが胸に生じた。
 本や雑誌の文章に一文字ずつあたり、誤植や間違い、内容の疑問を拾っては、ゲラ刷りに鉛筆で指摘を入れる。ときには10行ほどの校正を終えるのに、図書館で資料を探すところから数えて4日間かけることもあるという。
 本書では様々な作品の一節や文章を引きながら、そのような「校正・校閲」をめぐる興味深いエピソードが次々と描かれていく。作者の意図をどう読み取るか、資料や辞書をいかに使いこなし、何を指摘し、何を残すか……。ただ、その一つひとつの事例の面白さもさることながら、私には何より心打たれたことがあった。
 それは〈校正が本作りに欠くことのできない職業として成り立つため〉に何が必要かを絶えず考え、思考を深めていく著者の「本」に向き合う熱い思いだ。
 校正者は間違いが見つかれば責められるが、完璧な仕事をしても褒められることはないという黒衣の存在である。「畳の埃(ほこり)と誤植は叩(たた)けば叩くほど出る」なる言葉があるのだが、この仕事には〈失敗は許されないが常に失敗しているという矛盾〉がある、と著者も書く。その矛盾を引き受けながら、それでもこつこつとできる限りの仕事をしようとする著者の本への眼差(まなざ)しに、まるで人生そのものを語っているかのような熱量があるのだった。
 世の中には「校正」を通さない本も多く存在する。だからこそ、本が信頼できるものであるために何が必要なのか。そう問い続ける著者の思考からは、本への深い愛情とともに、「本作り」にかかわることへのプロフェッショナルの姿勢が伝わってくる。その思いの一つひとつを味わいながら読んでいると、出版の世界で生きる一人として背筋が伸びるような思いがした。
    ◇
むた・さとこ 1977年生まれ。出版社の校閲部勤務などを経て、2018年から個人で書籍・雑誌の校正を行う。