ISBN: 9784620328461
発売⽇: 2025/09/25
サイズ: 18.8×0cm/268p
「小さな神のいるところ」 [著]梨木香歩
八ケ岳の山小屋に暮らす著者の、日々の思索と出来事を綴(つづ)ったエッセイの三作目。
山の四季とともに、小さな生きものたちの姿と、澄み切った空や風や水のありさまが、繊細な観察眼でもって描かれる。印象的なのは、本書のあちこちに登場する動植物の名前だ。その名を知ることで、目の前の世界は奥行きと細やかさを増す。くわえて著者は、方言による名づけの違いにも興味を抱く。それは人と世界の、地域や時代によるかかわりの多様性に目を向けることだ。
「山の深みに届く生活」を志しながら、なお著者は人間であることの節度を保つ。完全には野生化できない人間として、生活に根ざした試行錯誤を楽しむ。薪(まき)ストーブでの料理、火熾(おこ)し、きのこ狩り……。それらは、少しだけ野生の側に跳躍してみるような、つつましい冒険でもある。五感と実体験に裏づけられた確かな言葉が、人と自然の間をつなぐ。
野生の生きものの生と死を見つめる本書には、老親との死別や自身の病のことなど、人の世で生きていく中での困難や哀(かな)しみも書き込まれている。人間の営為を憂えつつも慈しみ、著者はそれぞれの小さな営みとつながった、地球規模の変化に思いを馳(は)せる。
その土地に根ざした植物は、小さな神様のようなものではないか――そう呟(つぶや)く著者のまなざしを通して、荒地(あれち)のようにみえるところに、豊かで荘厳な自然の姿が現れる。
人間によって居場所を奪われ、声もなく消えていく生きものたち。人の世に住みながら、片隅に追いやられた者たち。小さきものたちを思う、ひたむきな思考とささやかな行動の力が、本書の隅々から地熱のように伝わってくる。
「気弱になってばかりはいられない」
本書の最後に置かれたこの言葉は、読み手へのエールのようだ。まだできることは、きっとある。すぐ隣にいる、小さな神様たちのために。
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なしき・かほ 1959年生まれ。作家。小説に『西の魔女が死んだ』『海うそ』など。エッセーに『やがて満ちてくる光の』など。