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「人類帝国衰亡史」書評 創造の源泉にも通じる滅亡意識

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2025年11月29日
ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史 著者:ヘンリー・ジー 出版社:ダイヤモンド社 ジャンル:ノンフィクション

ISBN: 9784478119419
発売⽇: 2025/09/17
サイズ: 18.8×2cm/440p

「人類帝国衰亡史」 [著]ヘンリー・ジー

 30万年ほど前の現生人類ホモ・サピエンスの起源から人類の絶滅の予兆までを壮大な叙事詩として本書は語るが、もはや現実は理系、文系、サイエンスファンらの知的教養とか文明論とかとして論じていられるような事態ではない。
 しかし一方で、「筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快」と、本書の帯はどこかハリウッド的エンターテインメントを匂わせるが、著者は人類の絶滅をはるか未来の1万年以内とリアリティーのない時間設定にしている。個としての自らの死と人類絶滅の時を切り離しているから呑気(のんき)なことが言えるのかもしれない。
 現に人口の減少、気候変動による猛暑、海面上昇、山火事、都市洪水など、地震、津波、資源の枯渇、さらに戦争の危機と、深刻な問題が人類の終焉(しゅうえん)と結びついているにも関わらず、人類はそれほどの緊急事態に達していないと考えているように思われる。
 だけど私の中の滅亡意識は年々増幅している。それは芸術における創造と破壊が人類の滅亡と切り離して考えられないからである。なぜなら創造の源泉はおそらく人類の滅亡と一体化しているからである。つまり私の個としての死もどこかで人類の死と共有せざるを得ないからである。
 人類は生存不可能になってしまうであろう近未来を想定して宇宙への脱出も計画しているが、それ以前に人類の破滅はもっと身近に迫っているという実感はないのかな?
 気候変動だけでなく、社会的危機が飽和点に達した時、われわれの想像を超えた多義的な現場での破滅が同時多発的に起こり得るという予兆の中に、われわれはいるように思う。
 著者は人類の残りの未来を1万年以内と想定しているが、甘い予測だと思う。破滅の予兆はたった今も、すでに始まっている。終末時計が刻む音を直視できないほど、人類はボケてしまったのか?
    ◇
Henry Gee 1962年生まれ。科学誌『ネイチャー』生物学シニアエディター。専門は古生物学および進化生物学。
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横尾忠則さんがアートで表現した書評です。