“大人は分かってくれない”という怖さ
『ホロヴッツ ホラー』(田中奈津子訳、講談社)は、アガサ・クリスティーにオマージュを捧げた長編『カササギ殺人事件』がわが国でもベストセラーになったイギリス人作家、アンソニー・ホロヴィッツによる児童向けのホラー短編集。現代屈指のミステリ巧者として知られるホロヴィッツだが、もともとは児童書の分野で人気を博していた作家で、この『ホロヴィッツ ホラー』(原著刊行は1999年)でもすべて10代の少年少女が主人公を務めている。
アンティークショップで購入してきた古いバスタブが、血まみれの幻視を呼ぶ「恐怖のバスタブ」。裕福な暮らしから転落し、父の友人のレストランに預けられることになった少女の不安を描いた「ハリエットの恐ろしい夢」。おばあちゃんの家を訪れた不良少年が、広大な田園地帯で迷子になってしまう「田舎のゲイリー」。これらの作品に共通しているのは10代に特有の“大人は分かってくれない”という感覚であり、それが恐怖やサスペンスをいっそう際立たせている。
全9編、いずれもツイストの効いた良質なホラー短編だが、この時期特におすすめしたいのが「深夜バス」。10月31日の夜、いとこが主催するパーティに参加したニックとジェレミーの兄弟は、ロンドン郊外の自宅に帰ろうと深夜バスに乗る。古めかしい車には奇妙な仮装をした大人が次々と乗りこんでくるのだが、かれらの様子はどうもおかしい……。本場のハロウィーンの雰囲気とともに、夜の都会で迷子になる心細さもたっぷり味わえる一編だ。
子どもの目に映る世界の不思議さに迫る
ウォルター・デ・ラ・メアといえば、古くからの怪奇幻想ファンには懐かしい名前だろう。子どもの目に映る世界の不思議を、繊細かつ奥ゆかしいタッチで描いた物語の数々は、江戸川乱歩など日本の文学者にも鍾愛されてきた。『アーモンドの木』(和爾桃子訳、白水社)は、そんなデ・ラ・メアの魅力をあらためて伝える日本オリジナル編集の作品集である。
吸血鬼ものの古典として名高い「シートンの伯母さん」のように超自然のテイストが濃い作品もあれば、父親の不倫という家族の一大事を少年の目から描いた表題作「アーモンドの木」のように、不思議なことはほとんど起こらない作品もあるが、両者の読み味は共通している。生きることの苦さや悲しさ、そしてその中できらりと光る神秘。多くの大人が見過ごしがちなそうした人生の機微を、デ・ラ・メアは壊れものを扱うような手つきで、そっと差し出してくれるのだ。
デ・ラ・メアの小説はしばしば何が起こっているのか分かりにくい、「朦朧法」と呼ばれるスタイルとともに論じられる。それは「見通しがきかない弱者の低位置からの視座をリアルに再現した手法に他ならない」、という訳者の指摘に膝を打った。巻末の「ルーシー」はいわゆるイマジナリー・フレンドを扱った作品。裕福な三姉妹の末娘であるジーンには、ルーシーという見えない友だちがいる。一家が破産し、三姉妹が年老いてもルーシーはいつもジーンのそばにい続けて……。デ・ラ・メアの童心を結晶化したような名品である。
小人とともに暮らす少女
「家の中だよ。うじゃうじゃいるぜ。真夜中に、おれの部屋のすぐ外でじっと聞き耳を立ててみろ。おれは何十回もそうした。この家のどこにでもいる」というのはデ・ラ・メア「シートンの伯母さん」にある印象的な台詞だが、滝川さり『めぐみの家には、小人がいる。』(幻冬舎)にも奇妙な生き物が“うじゃうじゃ”登場する。
小学校教師の立野美咲は、担任している3年生のクラスで小柴めぐみという女子生徒がいじめられていることに気づく。坂の上に建つめぐみの家は、めぐみの祖母が変死体となって発見されるという事件が起きており、近隣住人には〈悪魔の家〉と呼ばれていた。学校を休んでいるめぐみと交換日記を始めた美咲だったが、その記述にはところどころ不審な箇所がある。めぐみが言う「ひみつの友だち」とは一体何者なのか?
日本ではほとんど例のない、小人の恐怖を扱ったホラー。小人といえば可愛らしいもの、というイメージを持つ方も多いだろうが、この長編に登場する小人は想像以上に邪悪で残酷だ。迫りくる小悪魔の群れに、群衆恐怖症の美咲でなくとも、思わず悲鳴をあげてしまうことだろう。事なかれ主義の教頭やモンスターペアレント、教師を小馬鹿にする生徒といった現実的な脅威も描かれているが、主眼はあくまで超自然の恐怖。その潔い姿勢を頼もしく感じた。作者にはぜひこのまま王道ホラー路線を突き進んでほしいものだ。
異界の少年の目に映る現実
『やみ窓』(角川ホラー文庫)は、2016年に刊行された篠たまきのデビュー作に、書き下ろしをプラスした待望の文庫版。夫と死別し、古い団地でひっそりと暮らす30代のフリーター・柚子。3階にある彼女の部屋を、夜な夜な訪れる者たちがいる。柚子はかれらから熊の肝や反物などの捧げ物を受け取り、代わりに透ける壺、つまり空のペットボトルを与えてやる。
異なるふたつの世界が団地の窓を介して繋がり、そこで品物が交換されるという着想がユニークな連作短編集。やかましい現実を避け、異界との交流に深入りしていく柚子は、さまざまな異端者が登場する篠ワールドの原点ともいえるキャラクターだ。秘めたる衝動に従ってこの世のルールを踏み外す彼女の姿に、つい共感を覚える読者もいるだろう。
5つあるエピソードのうち4編は柚子視点の物語だが、最終話の「祠の灯り」だけは向こう側で生きる少年が主人公。幼い彼の目に、闇に浮かぶ柚子の部屋はどう映るのか。神話や伝説の誕生に立ち会ったかのような気にさせられる、幻想ホラーの名作だ。ぜひ文庫化を機に読んでみていただきたい。