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『「死んだふり」で生きのびる』書評 人間も無関係ではない延命行動

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
「死んだふり」で生きのびる 生き物たちの奇妙な戦略 (岩波科学ライブラリー) 著者:宮竹 貴久 出版社:岩波書店 ジャンル:自然科学・科学史

ISBN: 9784000297141
発売⽇: 2022/09/15
サイズ: 19cm/132p

『「死んだふり」で生きのびる』 [著]宮竹貴久

 子供の頃、蛙(かえる)を捕ってお腹(なか)をなぜると、足をピンと伸ばして動かなくなるのが面白い遊びだったが、あれが実は「死んだふり」だったことを本書で初めて知った。
 「死んだふり」の研究は、世界中で誰もやっていない。だったら自分がやろうと生物学者の血がふつふつと沸いたという。蛙以外にも、例えば、豚や鶏、鮫(さめ)、蛇までが捕食者を回避するために「死んだふり」をする。それが進化した生き物の行動だと仮定して、生物学者は実験し続けるのである。
 生き物にとって、「死んだふり」という戦略は、どうも生き残るために有効な手段であるらしい。捕食者だと思われている鮫でさえ「死んだふり」をするらしいのだが、一体誰が鮫を襲うというのだろう。そんな生物界の不思議と謎が、次々と明らかにされていく。誰からも無視されている研究分野に没頭するその行為は、どこか芸術の無目的性と似ていて、僕は思わず共感してしまう。
 それにしても、「死んだふり」をするのは死を恐れての行動であるが、ミジンコにとって果たして死は如何(いか)なるものなのか。死によって自己が消滅するその個体は、一体死について何を知っているというのだろう。そんなどうでもいい興味に思わずとりつかれてしまう。
 ここで現実的な話になるが、僕はかつて死亡通知を新聞に掲載したり、遺作集を出版したりしたことがあるが、あれも「死んだふり」をして生きのびる手段だったのだろうか。また、僕の作品のほとんどが未完成であるが、これも創造的「死んだふり」で、次作への延命手段なのであろうか。
 動物の世界は「死んだふり」で溢(あふ)れているという。人間も動物である以上、「死んだふり」と無関係ではないだろう。「あなたも是非、死んだふりの世界に飛び込んでみては」と著者は結ぶ。
    ◇
みやたけ・たかひさ 1962年生まれ。岡山大教授。著書に『したがるオスと嫌がるメスの生物学』など。