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「踊る菩薩」書評 優しさと絡み合った噓と寂しさ

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2022年10月29日
踊る菩薩 ストリッパー・一条さゆりとその時代 著者:小倉 孝保 出版社:講談社 ジャンル:伝記

ISBN: 9784065292556
発売⽇: 2022/09/01
サイズ: 20cm/371p

「踊る菩薩」 [著]小倉孝保

 〈芸能者の歴史を一身に背負った人〉
 日本の芸能の研究者でもあった小沢昭一は、本書の主人公・一条さゆりをそのように評したという。
 1960年代から70年代後半にかけて舞台に立ち、伝説と呼ばれたストリッパー。著者が一条に初めて会ったのは四半世紀前、それは彼女が亡くなる1年前のことだった。一条はそのとき、釜ケ崎の狭いアパートでひとり、生活保護を受けて暮らしていたという。持病もあり、還暦前という年齢よりもずっと年を取って見えた。だが、〈それでも彼女の笑顔には、一瞬にして人の胸を解き放つ明るさがあった〉と著者は書く。
 では、彼女が伝説と呼ばれた時代とその晩年の間には、いったいどんな人生があったのか。
 一条の舞台では彼女の動きとともに客たちが波打ち、誰もが拝むように手を合わせたそうだ。だが、引退公演で彼女は警察に逮捕され、「わいせつか芸術か」を巡って裁判は最高裁まで争われた。判事に女性がほとんどいなかった時代、反権力の象徴にもされた一条の生き様を通して、男の視点で彼女を裁いた社会のあり様を著者は浮かび上がらせようとする。
 その中で私が引きつけられたのは、彼女が繰り返しついてきた噓(うそ)を真正面から受け止めていく眼差(まなざ)しの温かさだった。
 過酷な生い立ちを持つ一条は、苦しかった過去を塗りかえるように、虚言を交えて自らを語るところがあった。著者は新聞記者らしい綿密な裏取り取材をするが、ときに酒におぼれ、男に裏切られ翻弄(ほんろう)された彼女の人生を、その噓をも含めて照らし出すのである。なぜなら、それこそが彼女の必要とした「物語」だったからだ。
 優しさと分かち難く絡み合った一条の寂しさが胸に沁(し)みた。当時を知る様々な人々の証言と時代背景を丁寧に描き、一人の芸能者から見た「昭和・平成」の時代を濃密に描いた評伝だ。
    ◇
おぐら・たかやす 1964年生まれ。毎日新聞外信部長などを経て論説委員。著書に『柔(やわら)の恩人』など。