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「フルベッキ伝」書評 近代日本動かしたお雇い外国人

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月19日
フルベッキ伝 著者:井上篤夫 出版社:国書刊行会 ジャンル:伝記

ISBN: 9784336063069
発売⽇: 2022/09/27
サイズ: 20cm/408,11p

「フルベッキ伝」 [著]井上篤夫

 ギドー・F・フルベッキの名は断片的に語られるにせよ、全体像は詳細に知られているわけではない。幕末から明治の後半まで日本に滞在し、近代日本の教育、政治、国憲(憲法)草案、外交、宗教などの分野で礎を築く役を果たした。「日本の恩人」と、徳富蘇峰は自身の雑誌(「国民之友」)に追悼文を書いた。
 著者は作家としての関心で、生地オランダから東京・青山の墓地まで訪ね、資料を掘り起こし、一族の取材を進め、フルベッキを蘇(よみがえ)らせた。いくつかの興味深いエピソードも確認できる。例えば、幕末に彼が英学を教えた大隈重信らは新政府の要人になったこと、岩倉使節団への適切な助言、英和対訳辞書の刊行への尽力、さらに大学南校(現・東京大)の教頭としての功績で明治天皇に拝謁(はいえつ)したこと、近代日本の指導者の殆(ほとん)どと面識を持っていたことなど。たしかに新政府の「最高顧問」として日本を動かした人物である。
 日本語を自由に操り、オランダ語、英語、ドイツ語、フランス語に通じ、新政府の翻訳局で法典の翻訳もしている。明治9(1876)年、元老院の国憲取調(とりしらべ)局顧問として、国憲第一次草案の起草に協力した。オランダやベルギーの憲法を参考にし、基本的人権も明記していた。しかし岩倉具視、伊藤博文らはプロシア憲法に固執し、草案は採択されなかった。
 明治11年にアメリカに住むが、生活が苦しかったのか、翌年日本に戻る。そのあとは宣教師、伝道者の役に徹し、聖書翻訳や賛美歌の編集などを行う。その文語訳は石川啄木、夏目漱石らに影響を与えた。
 本書によって素顔が明かされたお雇い外国人の軌跡から、近代を支えた日本人の動的エネルギーの発露が見えてくる。形而上(けいじじょう)学的発想の弱さを指摘しつつ、現実適応力の鋭さに感心するフルベッキの日本人観は、当たっている。同時に「最も親切で明朗な人々」というのは実感であろう。
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いのうえ・あつお 作家。欧米で取材し、評伝や翻訳を手がける。著書に『志高く 孫正義正伝 決定版』など。