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「狂気な倫理」書評 逸脱した思想に場所与える学問

評者: 藤野裕子 / 朝⽇新聞掲載:2022年11月19日
狂気な倫理 「愚か」で「不可解」で「無価値」とされる生の肯定 著者:小西 真理子 出版社:晃洋書房 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784771036550
発売⽇: 2022/08/30
サイズ: 22cm/297p

「狂気な倫理」 [著]小西真理子、河原梓水

 本書のいう「狂気」とは、世間一般では「愚か」「不可解」「無価値」と見なされる生に、「意味」を見出(みいだ)す営みのことだと定義されている。収録された13の論考は、生命・性・家族・障害・病などを扱い、ともすれば規範や常識によって無意味とされてしまう生を肯定しようと試みる。
 児童虐待の世代を超えた連鎖について扱った論考は、連鎖を恐れて人工妊娠中絶を受けた女性と向き合う。「普通の家族」を希求し、胎児を無化したくないという強い思いを持つ女性もいることを示し、世代間連鎖を強調する言説・制度の問題性を指摘する。
 1950年代に雑誌「奇譚(きたん)クラブ」上で展開された、サディストとマゾヒストとの対話に着目した章も興味深い。暴力と愛を区別するマゾヒストの倫理が、今日一般的に重要視される同意や対等性とは異なるものであったことを示唆する。
 大阪の釜ケ崎・飛田における異性装や同性愛のありようを明らかにした章は、同地域に対するこれまでの関心が異性愛に集中してきたことを鋭く指摘する。
 本書は、インタビュー調査、雑誌・漫画・アニメの分析など、多様な研究手法で「狂気」とされる生にアプローチし、学術論文の形式で表現する。それは、学問が常識から逸脱した思想・物言いに対し、武器や場所を与えうるという信念に基づく。加えて、その学問こそが、対象とすべき生を価値付け、序列化している現状への、異議申し立てであるようにも思う。
 規範や通念に抗(あらが)うがゆえに、各章は必然的に論争的な要素を含む。本書を読みながら、異論や違和感が湧き上がるかもしれない。しかしその議論を頭ごなしに否定することも、反対に、その重要性をあらかじめ知っていたかのように読み流すことも、適切ではないだろう。自らの違和感を認め、それが何に由来するかを自問し、認識枠組みを問い直す。本書はそうした読み方を読者に求めている。
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こにし・まりこ 大阪大准教授。著書に『共依存の倫理』▽かわはら・あずみ 福岡女子大講師。