「ポジティブ」は「まあ、いいじゃん!」って思うこと
にぎやかな「チャラ男キャラ」でありながら、優しさ、お人柄の良さがにじみ出ているお笑い芸人・EXIT。コンビ名の由来は、「苦悩やストレスを抱える人たちを、自分たちの笑いで明るい出口に導きたい」というものだそうです。そんなEXITのツッコミ担当、りんたろー。さんによる初の著書『自分を大切にする練習』(講談社)は、コンプレックスとどう向き合うか、物事をどうポジティブにとらえるかについて、多くのヒントを与えてくれます。
「谷原書店」でご紹介する本では珍しく、この本はいわゆる「ハウツー本」。コロナ禍をきっかけに美容に目覚めたりんたろー。さんが、スキンケア、ボディメイク(ダイエット)、インナーケア(食事)、メイク、メンタルケアの面で気をつけるべきポイントを、専門家に聞いて書き綴っています。たとえばスキンケア「保湿」の章では、「肌は熟れた桃のように、優しく扱う」。メンタルケア「自律神経のバランスをととのえる」の章では、「呼吸が浅くなると崩れる」。すぐに採り入れられるアドバイスが並んでいます。
そのいっぽう、各章の本文中では自身の内面や、SNSを通した世間との向き合う様を深く掘り下げ、「コンプレックスだらけだった」という彼が、七転八倒・紆余曲折を経て体験してきたこと、気づいたことを、率直に吐露しています。実はりんたろー。さん、EXIT結成の前に、別のコンビで一度売れたのち、相方の不祥事で解散を余儀なくされ、所属事務所から謹慎処分を受けた過去があるんです。芸人として瀬戸際の暮らしをしながら、高齢者福祉施設の介護のアルバイトに明け暮れるなか、今の相方、兼近大樹さんと出会います。熱烈ラブコールに兼近さんが応じるかたちでEXITは誕生しました。
それからはご存知の通り、飛ぶ鳥を落とす勢いでスターダムへ駆け上がります。ところがある日、兼近さんの過去について週刊誌のスクープ記事が明るみに出て――。この時、りんたろー。さんが心に決めた思いが、熱い筆致で綴られています。
「あいつが僕に光を当ててくれたあの時から、僕に背負えるものは背負っていこう。落ちる時も隣にいるのが僕でいてやろう」と腹が決まったことだと思う。(本書より)
りんたろー。さん自身は、一度挫折し、「次の成功」のために膝を曲げ、力をためこむ日々を送ってきました。挫折したまま終わってしまう人も多いなか、もう一度羽ばたくためのエネルギーを彼は蓄えていたのです。
「ああ、そうか!」と気づきました。だからこそ、彼が「自分を大切にする練習」を書いたのかと。若くして人生の光と影のコントラストを知る彼だからこそ、読者に対し「少しでも自分らしく、健やかな毎日を暮らせますように」と呼びかけたいのでしょう。まっすぐなメッセージがそのまま伝わってきます。葛藤を乗り越え、「自分で自分のメンテナンスをする」ことが、いかに「自分は価値のある存在だ」と思えるようになるうえで大切なのか。その思考の変遷には、誰よりも強い説得力があります。
「男が美容なんて」という時代に、僕は生きてきました。昭和世代の人間の刷り込み、思い込みですね。もちろん、モデル時代は軽いメイクをしましたし、今も、仕事の前にはナチュラルメイクをしています。ただ、僕の中で、メイク時間は、「仕事」という一つの境界線を越えた時間。プライベートでは何もしません。化粧水も乳液もつけなければ、髪をセットするのもイヤなぐらいです。
時代は移り、価値観も変わりました。自分が望むのなら、男性が美しさを追求し、「自分に手をかけてあげること」が素敵だと思うようになりました。LGBTQの方々の人権啓発が進んできたことも影響していると思います。それぞれの価値観の多様性という意味においても、りんたろー。さんの発信は意味のあることです。彼が美容に目覚めた頃、芸人の中では「女々しい」「オネエ風キャラ」と評される時期があったようですが、ここ数年の流れで、性別の壁を揶揄する表現は急速に薄れてきたと思います。
ところで、相方の兼近さんが「内面が一番重要だ」と主張するのに対し、りんたろー。さんは「いやいや、外見も大事なんだ!」と反論する場面があったのだとか。僕の考えでは「両方大事」。相手に不快感を与えない、清潔感という意味での外見も、やはり大切だと思うのです。同時に「第1印象がほぼ9割」という言葉がありますが、外見って、内面からにじみ出てくるものだとも僕は思っています。
りんたろー。さんの場合、外側を磨くことによって、自分の内面、メンタルのあり方や、コンプレックスとの向き合い方をどんどんアップデートしていきました。そして、「ポジティブ」という言葉のとらえ方さえ変えていった、といいます。彼曰く、「ポジティブ」は、ただ単に「肯定的」という意味だけではなく、「まあ、いいじゃん!」って思うこと。目からウロコが落ちる、素敵な着眼点ですよね。人生に対する向き合い方が変わる扉が、この本にはたくさん用意されています。美容、食事、メンタル、どの分野の章においても、掘り下げると奥の深い世界だと気付かされます。
僕自身、「自分を大切にする」ために心がけていることは、「後悔しない」。なんできちんと台詞を言えなかったのか、もっと深く、多面的な想定をした発言をしなかったのか――。とはいえ、もう起きてしまったこと。取り返しようもない。「二度と同じことをしない」と言い聞かせ、次に進んでいきます。悶々と考え続けた時期もありましたが、「しょうがない。くよくよしないで前を向いていこう」と気持ちを切り替えるようになりました。大きなきっかけがあったわけではありません。走り続けているうち、だんだん、自分の中に耐性が出来上がっていったのかな。
あとは、「先のことを考えるあまり、今を楽しまない」というのは、僕はあまり好きではありません。「今日、どっか行きたい!」と思った瞬間、そこに向かいたい。もちろん、スケジュールはきっちり守りますが、「決まっていること」と「決めておかなくてもいいこと」を、自分の中で分けておきたい。一個人としては風の向くまま、気の向くまま。そんなスタンスでいたいのです。
りんたろー。さんのSNSを見ると、彼が地に足をつけて生活しているのがよく伝わります。「仕事的な成功」と「家族との触れ合い」、そして自分自身のバランスがよくとれている。どれ一つ欠けてもダメなんですね。僕のなかでの指標は、自分の部屋の散らかり具合。精神状態が如実に現れます。「片付けなきゃ」と重い腰を上げるまで、半年かかってしまうこともあるぐらいです。こまめに整頓すれば、精神衛生面でも良いのにな、などと思いながらも、なかなかできないダメな自分を許しています。これも「ポジティブ」。しょうがない!
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モノの見方、考え方を学ぶ、という面においては、真山仁さんによる『“正しい”を疑え!』(岩波書店)もぜひ。たとえば、歴史的事実を丸暗記するよりも、その背景を探っていくことの醍醐味を知る。そんな視座を育んでくれる一冊です。(構成・加賀直樹)