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「ヤジと民主主義」書評 批判する権利 奪われぬために

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年11月26日
ヤジと民主主義 著者:北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班 出版社:ころから ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784907239657
発売⽇: 2022/11/07
サイズ: 19cm/271p

「ヤジと民主主義」 [著]北海道放送報道部道警ヤジ排除問題取材班

 あの映像を覚えている人は多いのではないか。
 2019年7月、札幌市で街頭演説をしていた安倍晋三首相(当時)に対してヤジを飛ばした男性を、私服や制服の警察官が引きずるように移動させていく。別の場所から「増税反対」と叫んだ女性も、警察官に両脇を抱えられてどこかへ連れて行かれた。
 札幌地裁は今年3月、排除された2人の「表現の自由が侵害された」として、北海道に慰謝料の支払いを命じる判決を出した。道は控訴し、裁判は続いている。
 本書はこの「ヤジ排除問題」を追った記者たちのドキュメントだ。
 当初は居合わせた人たちも、メディアの反応も薄かった。だが、取材によってこの日少なくとも9人が警察に排除されていたことが判明する。年金制度への批判などを書いたプラカードを掲げただけで警察に制止されたり、取り囲まれたりした人たちもいたという。しかも、似たような出来事は、他県でも起きていた。
 「ヤジは迷惑だ」という声もある。だが街頭演説はめったに会えない政治家に意見するわずかな機会だ。
 読みながら米国の選挙取材を思い出した。プラカードを掲げ政治家や政策への賛否を叫ぶだけでなく、政治家に詰め寄って批判する人もいた。自分たちを代表する政治家に意見するのは当然との認識がある。銃社会でもこうした権利を守る方策は見いだされてきた。
 著者たちは、警察が演説会での政府批判を取り締まった戦前との共通点を指摘し、ヤジの排除が当たり前になった社会はどんなものかと問いかける。同時に、記者クラブやメディア間の壁など、メディアの側の問題にも触れ、その中に身を置く葛藤も描いている。
 本書は東京都内の小さな出版社の熱意で世に出たという。札幌の街頭で声を上げた人たち、報じた記者、そして出版社。小さな声がつながり、かろうじて守られているものの大きさを感じずにはいられない一冊だ。
    ◇
2020年放送のドキュメンタリー番組をもとに、取材の背景や国家賠償訴訟の経過・判決を盛り込み書籍化。