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青山美智子さん「月の立つ林で」インタビュー 月とポッドキャストが結ぶ「見えないつながり」の物語

青山美智子さん=篠塚ようこ撮影

見えないところで人はつながっている

――新刊『月の立つ林で』は、ポッドキャスト「ツキない話」で語られる月にまつわる豆知識と、登場人物たちの人生や置かれている状況が重なるようにして物語が展開していきます。

 これまでの私の小説では、キーパーソンとなる人物を軸にいろんな登場人物たちを絡めていくというやり方が多かったんですが、本作で軸となるのはポッドキャストの語り手であるタケトリ・オキナであり、月です。だけど、どちらも登場人物たちに直接関わるわけじゃなく、タケトリ・オキナはポッドキャストで自分が伝えたいことをとうとうと話し、月はただ空に出ては満ちていって欠けていくだけ。登場人物たちがそれらを自由に受け取っていくというのは、やってみたかったことであり、新しい試みでした。

――物語の軸を「ポッドキャスト」と「月」に置くことは、どんなところから着想されたんですか。

 まず、「もう目は埋まっている」という知り合いの言葉がすごく印象的だったんです。今はYouTubeやSNSなども加わって目で見るものがたくさんありますよね。一方で、私の小説もオーディオブックにしていただくなど、耳で聞くニーズがとても高まっているなというのが体感としてありました。それでポッドキャストを一つの軸にしてみたんです。ポッドキャストってずっと喋っているので、文字が連なっている感じが小説とすごく相性がよかったんですよ。

 それから月は、小さい頃から私の中にあるテーマみたいなものです。月が大好きで、月を眺めながらいろいろなことを考えていました。雲がかかったり形が変わったり、と見るたびに姿が違っていて、自分が月を見ているんですけど、月にも見られているような気持ちになるんですよね。月が自分を見てくれている、私のためにそこにいてくれているような気がして、すごく身近でした。だけど、月について知っていることは本当にごくわずかで、近いようで遠い存在。これって人間関係もそうだなと思って、月も物語に取り入れてみることにしました。

――本作もそうですが、直接的な関わりがなくても、誰かの存在や言動が他の誰かに作用していることを感じさせる作品をこれまでも書かれています。

 デビュー作の『木曜日にはココアを』(以下、『ココア』)がまさにそういう話だったのですが、今回の『月の立つ林で』で私がすごく言いたかったことって、ちょっと似ていて、『ココア』で言いたかったことを今の時代に重ねた部分があります。

 コロナ禍になり、出口も見えない閉塞感があるなかで、私がこの2年でいちばん強く感じたのが「見えないつながり」。姿は見えないけど人と人はちゃんとつながっているんだということでした。例えば、電気のスイッチを押したら、その先にいろんな人たちがいて働いてくれるから電気がつく。水道も宅配便もそうですよね。そういったことを改めて想像して、生身の人間が息づいていて、私たちの日常を支えてくれていることをものすごく実感しました。

 だけど、そうやって世の中を動かして私たちの日常を支えてくれている人たちは、自分たちがそんなすごいことをやっているとは多分思っていないんですよね。そのことをきちんと書き留めて、「ありがとう」という気持ちを伝えたかったんです。

脇役が主役になる連作短編の面白さ

――青山さんは一貫して連作短編集というスタイルで小説を書かれていて、本作も5編から成る連作短編集です。何かこだわりがあるんでしょうか。

 私はドラマや映画を見ていても、主人公じゃない人、セリフがない人がすごく気になるんです。そういう人たちが何を考えているのか、それを書けるのが連作短編なんですよ。1章では脇役だった誰かが、2章では主役となってその人の言い分が言える。そんなことが実現できるのが小説の面白いところであり、連作短編の面白さでもあると思います。

――年齢も職業も家庭環境も違う、いろんな登場人物たちがいるのも青山さんの小説の魅力だなと思います。本作の登場人物も、長年勤めていた病院を退職した元看護師の女性や売れないピン芸人、家族との関係の変化を寂しく思う中年のバイク整備士など、さまざまです。

 年齢や男女比は偏らないよう意識していますね。私は最初のプロットをがっちり作るので、その時点でキャラクターたちが決まって、その人たちが物語を作っていってくれているという感覚があります。時々、誰が書いているのかなって自分でも不思議になるときがあるくらい。キャラクターたちにすごく助けられています。

――本作で特にお気に入りのキャラクターは?

 バイク整備士の高羽(たかば)さんは今回の作品の中でも印象的なキャラクターです。実は彼にはモデルがいるんですよ。バイクのことが全くわからなかったので、近所のバイクショップに飛び込みでいろんなお話を聞いたんですね。仲良くなってから改めて取材させていただいたんですが、そのバイクショップのオーナーの家族思いなところや、ちょっと不器用なところを高羽さんにも反映しました。あと、物言わぬ機械に対する愛情。そういうのに私は弱いんです。心底バイクを愛しているんだなと思うと、ちょっと胸が熱くなってきます。

――個人的には、物語を通して登場する佑樹の存在がとても印象的でした。劇団員の佑樹は明るく行動力もあって自分の道を突き進んでいて、他のキャラクターたちとは対照的に描かれています。

 言ってみれば、他のキャラクターたちは「月」で、佑樹だけは「太陽」なんですよ。佑樹は性格もキラキラ明るくて、劇団でも主役をつとめるなど注目を浴びるような、光を放っている側の人間だということも書いているんだけども、ちょっとした仕掛けもしています。例えば、彼が所属する劇団の名前が「劇団ホルス」という太陽神の名前だったり、バイトしているバイクショップの店名が「サニー・オート」だったり。

――そんな仕掛けがあったんですね。青山さんが書いていて楽しかったり、難しかったりしたのはどんな部分でしょうか。

 まさにその両方ともいえるのが、4章の女子高生・那智ちゃんのお話です。かねてから高校生の話が書きたかったんですよね。高校生のあの3年間って、不思議な時間帯だと思うんですよ。私の息子も、高校生のときに私を超えているようなことを言うなと思ったら、すごく幼稚だったりして。幼い方向にも行けるし、大人な方向にも行ける。さらにコロナ禍になって、今の中学生や高校生と私たち大人の3年間はやっぱり違うなとも思っていて、それも書き残しておきたいという気持ちもありました。

 物語に竹林も出てくるし、那智ちゃんが抱えている孤独や、同級生の迅くんとの関わり方、実は皆がつながっているという「見えないつながり」のことなど、この章がいちばん『月の立つ林で』というタイトルに合っているような気がします。

「宇宙スケジュール」に委ねる勇気

――本作を読んでグッときたのが、天体の位置関係や距離の変化に、人間関係や人と人との距離感の変化を重ねて描いているところでした。関係性や距離感が変わると不安になったり、何とか元に戻そうとあがいたりしてしまうけど、天体のようにただ受け入れて時間に任せることも一つの選択肢なんだなと思うと、すごく気持ちが楽になります。

 人間関係ってひとりだけのものじゃないですよね。でも、私たちはシナリオを作ってしまいがち。自分のシナリオどおりにいかないと、相手をひどい奴だなんて思ってしまう。本作に演劇の話も登場させたのは、そういう部分にも絡めたかったからです。でも、本当はシナリオなんて作れないんですよ。月の満ち欠けと同じで、どうにもならないこと、なるようにしかならないことって本当にたくさんある。だから、そこに委ねる勇気っていうのも必要なんじゃないかなと思います。自分で努力したり、何とかしたりしなきゃいけない場面もあるけど、やるだけやってあとは神様よろしくみたいな、そういう大らかさは持っていたいですね。

 私は「宇宙スケジュール」という言葉をよく使うんです。予定が狂ってしまったときに、自分の意思ではなく外の力が働いて変わったのであれば、これは「宇宙スケジュール」だと思うようにしています。私より宇宙のシナリオのほうがきっと良きに計らってくれるだろうって。

――「宇宙スケジュール」、お守り代わりにしたい言葉ですね。最後に『月の立つ林で』をどんな方に届けたいですか。

 出会ったすべての方、としか言えないですね。1日に出ている本は200タイトルとも言われていて、出会えているだけでもう縁があったと思うんです。今すぐじゃなくても、青山美智子という名前や『月の立つ林で』というタイトルが頭の片隅に残っていて、何かのタイミングで思い出したり、出会いなおしてくれたりすることもあると思います。以前書いた小説(『鎌倉うずまき案内所』)の一節に「あなたに向けて、書いたんです」という小説家のセリフがあるんですけど、私もずっとそういう気持ちで書いてきました。「あなた」というのは、私の作品と出会ってくれた「あなた」なんです。だから、100年後の人も読むかもしれないという気持ちで書いています。

【好書好日の記事から】

>青山美智子さん「月曜日の抹茶カフェ」インタビュー 人の「縁」は育てていくもの

>ココアが与えてくれる甘さとたくましさ 青山美智子さん『木曜日にはココアを』

>青山美智子さんの読んできた本たち 自分の成分の2%くらいは石井ゆかりでできている

青山美智子さん、ポッドキャストに登場!

 ポッドキャストを軸に展開する連作短編集を刊行した青山さんを、「好書好日 本好きの昼休み」ポッドキャストにお招きしました。作品を巡る背景やエピソードのほか、作家生活5年を迎えた心境など、たっぷりお話を聞いています。