1. HOME
  2. ニュース
  3. 平田オリザさん「名著入門 日本近代文学50選」 漱石から別役実まで一人1作「私たちの原典」

平田オリザさん「名著入門 日本近代文学50選」 漱石から別役実まで一人1作「私たちの原典」

平田オリザさん

 劇作家の平田オリザさんが、本紙読書面のコラム「古典百名山」を元にした『名著入門 日本近代文学50選』(朝日新書)を出版した。明治の樋口一葉や夏目漱石から戦後の別役実まで、小説に留(とど)まらず詩歌や戯曲まで。50人を一人1作ずつ平易な語り口で紹介すると同時に、通読すると近代文学史の流れもつかめる指南書に仕立てた。

 文学に造詣が深く、「日本文学盛衰史」(高橋源一郎さん原作)などの演出もある平田さんは、2019~22年にかけて「古典百名山」を連載。本書では大幅に加筆し、取り上げる作家も増やした。

 冒頭に据えたのは樋口一葉の「たけくらべ」。3人の少年少女の「思春期の自我の芽生え、将来への不安と葛藤あるいは絶望」を描き、自我や内面を表現するという発想をもった日本近代文学の「小さな産声」となったと評した。

 以降、小説は社会課題を扱えることを示した島崎藤村の「破戒」、中年男の嫉妬という情けないテーマも文学になりうるとしてみせた田山花袋の「蒲団(ふとん)」など、古典といわれるゆえんを分かりやすく押さえながら時代を下っていく。

 平田さんは「制度は変わって国家は新しくなったけれど、社会は旧態依然として差別や貧困が渦巻いていて自由も制約されている。こうした中で生まれた近代文学は、現代でも共通する様々な悩みがちりばめられた私たちの原典ともいえる」と話す。

 豊富な引用と、「非専門家の特権として」(平田さん)の、思い切った表現も魅力的。たとえば「漱石たちが発明した文体で私たち日本人は、一つの言葉で政治を語り、裁判を行い大学の授業を受け、喧嘩(けんか)をしラブレターを書くことができるようになった」といった具合だ。

 平田さんは、情報化が進んだいまこそ、古典を読むことが重要だと考えている。

 「検索すれば多くが分かる社会にあって、事柄同士をつないでストーリーを作る『コネクティング・ザ・ドッツ』の能力が、入試やビジネスでも重要になっている。その能力は、野球の素振りと同じで、古典などの名作にどのくらい触れたかにかかってくると思う」

 劇団、教育機関、行政と様々な役職に就いてきた経験に裏打ちされた言葉だ。(木村尚貴)=朝日新聞2023年1月11日掲載