小川哲の一作ごとの変貌(へんぼう)は、ミステリー小説の可能性拡大を意図しているのだろう。例えば大作『ゲームの王国』は、1950年代から近未来にまで及ぶ政争を素材にした大群像劇。カンボジアを舞台にしたゆえのマジックリアリズムに打たれていると、脳波で直接作動するゲームの世界が乱入、脱ジャンル的な複層性に幻惑されてゆく。
『君のクイズ』は、TVのクイズ番組に出場するクイズプレイヤーの思考をめぐる変わり種のサスペンス。分量がコンパクト、かつ展開も明瞭で、一気読みさせられる。ツカミが見事。生放送で派手派手しくクイズ界の王者を決める「Q―1グランプリ」の決勝戦で、「僕」の対戦相手・本庄絆が、問題を一字も読まれないうちに正解を言い当て熾烈(しれつ)な戦いに勝利する。ありえないこと。ヤラセなのか魔法なのか。賞金1千万円を取り逃がした僕は、本庄の過去映像を精査、一問ごとに当日の番組の流れも振り返る。そこから僕と本庄の人生が浮上する。
映画では、クイズ番組の不正をめぐるサスペンスといえば「クイズ・ショウ」や「スラムドッグ$ミリオネア」が思い浮かぶが、アスリートのように鍛えられ、正答の可能性が一つに収斂(しゅうれん)する問題文の「確定ポイント」で早押しする現在の日本の番組が前提となる(承認願望の狂気ともいえる「東大王」など)。決勝戦の計16問で、確定ポイントに関わる思考判断が、いわば百分の一秒単位で辿(たど)られる。ここでも小川小説特有の、「高偏差値の幻惑」がわきあがる。
日本一低い山を訊(たず)ねる第4問では、誤答したことから本庄の特質が露呈し、そこに東日本大震災の事実がからむ(ちなみに答えは大阪の「天保山」ではなく、震災で地盤沈下した仙台の「日和山」)。《クイズが生きている》の名文句も出る。
終幕で「ゼロ文字押し」をめぐり本庄との対話が実現するが、終始、間接的に表象されてきた番組の総合演出・坂田泰彦の実務家的な遠謀が印象に残った。=朝日新聞2023年1月14日掲載
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朝日新聞出版・1540円=6刷4万部。昨年10月刊。「玄人評価の高い小川作品の中で、より一般読者に開かれた」と担当者。