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きたむらまさおさん翻訳の絵本「かわいいてんとうむし」 どんでん返しでドキドキ感を演出

文:石井広子

「消えた」テントウムシはどこへ?

――子どもたちが思わず触りたくなる、小さくてぷっくりしたテントウムシ……。きたむらまさおさんが翻訳を手掛けた仕掛け絵本『かわいいてんとうむし』(大日本絵画)は、10匹の立体的なテントウムシが葉っぱの上にのっている場面から始まる。そして次々と昆虫や動物がやってきては赤、黄色、オレンジ色のテントウムシが1匹ずつどこかに消えていく。そんな物語の展開にドキドキしながら9匹、8匹、7匹……と、テントウムシの数を数えていくのが楽しい。

『かわいいてんとうむし』(大日本絵画)より

 本書は2000年にアメリカで発行された絵本で、原題は『Ten Little Ladybugs』といいます。物語はメラニー・ガースという女性が考えました。日本ではその翌年2001年に発行され、アメリカでどれだけ人気があるかは定かではないのですが、現在、日本語版は24刷に達しています。私はこれまでの39年間で500冊以上、海外の絵本の翻訳を手掛けてきました。もともとは複製絵画の美術カタログや解説書を専門に作っていましたが、その合間に絵本も担当するようになったんです。当時は大手の出版エージェントから海外の仕掛け絵本のサンプルが届き、その中から売れそうな絵本を選んで翻訳するといった流れでした。中でもこれはロングセラーの絵本ですね。

――アメリカから届いた原本を初めて見たとき、仕掛け絵本としてはインパクトに欠けるのではないか。寝ぼけた色合いで「どうしたら売れるかな」と、実はピンとこなかったと振り返る。

 そこで当時の営業担当者と話し合って、物語の内容をホラーのような「どんでん返し」の構成にしようと決めたんです。「then there were…」と書いてある箇所を、テントウムシが「消えた」とか「どっか行っちゃった」とか、インパクトの強いニュアンスの日本語に訳しました。読者を不安にさせておいて、最後に「みんな戻ってきたよ」というような安心感のあるオチにしようと。立体的なテントウムシと、主人公であるテントウムシがどんどん減っていくという発想が斬新ですよね。自然に生息するテントウムシは簡単には触れないけれど、これなら好き放題触れますから。自分自身は、特にバッタが登場するページが気に入っています。7匹というテントウムシの数と絵とのバランスがいいからです。

『かわいいてんとうむし』(大日本絵画)より

 他に、テントウムシがくるくる回る仕掛け絵本『プルバックでゴー! てんとうむしのおさんぽ』(同社)もありますが、それも結構人気があります。ページにレール状の溝があって、その上をプルバックというネジで巻いて走る車の仕掛けによってテントウムシが回るんです。ともかく、子どもはテントウムシが好きなのかもしれませんね。指にのるほどちっちゃくて可愛いですし。それが売れている理由ではないかと。ストーリーはおまけだと思っています(笑)。

――初版から数年経ったある日、絵本を読んだ子どもから衝撃の手紙が届いた。「描かれたテントウムシの絵の色とおもちゃのテントウムシの色が合ってない」という指摘だったという。

『かわいいてんとうむし』(大日本絵画)より

 「すごいとこ見てるなあ」「そこまで見てるんだなあ」と本当に驚きしましたね。そう言われれば合ってないんですよ。実際、表紙で見えている立体的なテントウムシと、最後のページで描かれている絵のテントウムシの色が連動しているわけではなくて。仕掛けとして付いているおもちゃのテントウムシの色は、制作する中国の工場によって微妙に違っていたようなんです。最初は赤のが5匹、オレンジ色のが3匹、黄色のが2匹なんですが、最後のページではその色の通りのテントウムシが揃っていたわけではなかったということ。「消えたはずのテントウムシがみんな戻ってきたね」と言っても、もともとの色とは違ったということなんですね。おそらく、アメリカで制作された際に絵が先に出来て、それから仕掛け(立体的なテントウムシ)を作ったのではないかと思います。読者に指摘されて気づくとは恥ずかしいですけどね。

仕掛け絵本ならではの苦労も

――制作途中にはさまざまな苦労があった。仕掛けのテントウムシがつまんでも取れないように配慮したという。簡単に外れてしまうようでは、誤って子どもの口に入って大変なことになりかねないからだ。

 ページにある穴から仕掛けのテントウムシが見えているんですが、不良品で穴に入れないテントウムシもいたんですよ(笑)。テントウムシが大き過ぎたのか、ページの穴がずれていたのか。

『かわいいてんとうむし』(大日本絵画)より

 また、絵本の文章を英語から日本語に翻訳する時には「英語と日本語の文字数を同じくらいに」と心掛けています。この絵本を翻訳していた当時、先輩からは「文字数を考えなさい。文字も絵のうち」と言われていました。意識的にそのようにしていましたね。今でも英文の文字幅を先に測って、日本語の文字数をどのぐらいにするかは意識しています。日本語にするとどうしても長くなってしまいますから。しかも、全てひらがななので。この絵本の場合は、ページの下にしか文字が入るスペースがないので、短く端的にここに入れ込まないといけませんでした。仕掛け絵本にはそんな苦労もあります。

――子どもたちはどうしても仕掛けのテントウムシを触りたがる。でも親子で物語も追いながら、読み聞かせも楽しんでもらいたい。

 仕掛け絵本というのは、子どもは仕掛けが気になって我慢できないから読み聞かせが難しいと言われています。やっぱり、子どもたちは物語を聞くよりも、次のページ、次のページって開けたくなっちゃうんですよね。この絵本は、文章と仕掛けのバランスがちょうどよくなるように心がけました。文章は長すぎず、仕掛けが楽しく目に飛び込んでくるのが魅力だと思っています。子どもたちはまず、テントウムシとかバッタとかの表情を見ているから、あまりくどくど文章で伝えない方が、いろいろな感情が芽生えて面白いんじゃないかと。子どもたちにワクワクしてもらえるのが嬉しくもあり、やりがいですね。