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菰野江名さん「つぎはぐ、さんかく」インタビュー 現役の裁判所書記官が描く、一つだけじゃない家族の形

菰野江名さん=篠塚ようこ撮影

「ちょっと違う家族」を描きたかった

――本作のヒロは、両親がいない家の3人のきょうだいで、一つの家族として、学校や社会の荒波にもまれながらも支え合って暮らしていますが、実はそれぞれが複雑な生い立ちを抱えています。今回の作品はどういうところから着想を得て書かれたのでしょうか。

 何の話を書こうかなと思ったときに、漠然と家族の話を書きたいなと思いました。登場人物たちの具体的なモデルがいるわけではないのですが、物語の舞台となる場所のモデルはあります。書いていない時期もありますが、5年ぐらいかけて執筆をしました。

――ヒロにとって家族の結びつきの要だった末っ子の蒼が、進路を選択する中学3年生となって「家を出る」と言い出し、ヒロは激しく動揺するわけですが、それぞれの複雑な生い立ちが徐々に明らかになって、最後はヒロが自らのルーツをたどる旅に出ます。こうした家族の話を書こうと思われたのはなぜですか。

 私の家族は、父がいて、母がいて、姉がいて、犬を飼っていて……というごくごく“普通”の家族です。特別お金に困った経験もないし、両親には大学まで行かせてもらいましたし、今も盆や正月は実家に帰ります。

 私はそれが“普通”だと思って育ってきましたが、確かに私が大学生だったときは、大学の友達や先生、あとはバイト先の人ぐらいしかつながりがなかったんですよね。それが仕事を始めると、仕事が特殊なこともあって、いろいろな方たちと出会い、自分のように家族が仲良く暮らしている人ばかりではないということを知って。そういうちょっと違う家族の形を描いてみたいと思いました。

――自分とは違う家族の形があることをどう捉えたのですか。

 ショックなことももちろんありました。私が想像も及ばないところで生きてる人たちがいることを、仕事を通じて初めて知ったんです。仕事中、つられて泣きそうになることもよくありました。でも、私が感傷に浸って泣いていても、向こうは必死で生きている。私はあくまでも他者で、その人たちの生活に踏み込めないんです。

 その人たちを描きたいと思ったわけではないんですけど、今思うと、そういう人たちとたくさん出会ったことが積み重なって、私が知らない部分を描きたいと思ったのかもしれないですね。

――ラストでそれぞれの旅立ちを暗示した狙いは何ですか?

 本作はきょうだい3人の家族としての結びつきと、彼らの家族に対する考えや在り方を描いた作品ですが、ヒロという一人の女性が自分自身を振り返り、進んでいく物語でもあります。ラストを描くことで、彼らが家族という共同体の中だけではなく、一個人として思考して生きていくことを想像してもらえたらいいと思って書きました。

――本作で好きな場面は?

 お客さんの花井さんがお店に来て、ヒロがご飯をつくるのを待ってるシーンとか、この話の中で一番穏やかな感じが好きですね。料理を作ってるシーンも好きですし、ヒロと花井さんの空気が私は好きです。

 甘くてからい。煮詰まる音はくつくつとかわいい。四国の醸造元から取り寄せた醬油にてんさい糖で甘みをつけて、弱火で焦がさないようゆっくりと煮詰めた。里芋にこのタレを絡めて、みんながすきな味にする。

――食べ物の描写がすごくおいしそうでした。

 おいしいものが出てくればいいという話にはしたくなかったんですが、でもおいしいものはおいしく書きたいなと思っていたので、自分がおいしいものに出会ったときのセンサーみたいなものは、執筆期間中、敏感になった気がします。

――食べることもお好きですか。

 好きです。料理を作るのも好きです。

文学部から裁判所書記官を目指した理由

――ところで菰野さんは現役の裁判所書記官でいらっしゃいます。お仕事しながらの執筆ですが、いつ執筆されていたのですか。

 仕事をしている平日の夜はあまり書けないので、土曜日や日曜日に書くことが多かったです。でも「書きたい!」というモードに入った時は、仕事の帰り道から書きたくて書きたくてウズウズしますね。夜寝るのが早いので、午後10時頃に終わりにして、翌日の夜にまた書いて……メリハリをつけて書いていました。

――裁判所書記官のお仕事と小説家のお仕事は何かリンクするものがありますか。それともご自身の中では分けて考えていらっしゃるのでしょうか。

 小説を書き上げたときに振り返ると、裁判所で働いていたときに経験したことが何かの糧になっているのかなとは思うんですけど、裁判所で働いてるときに小説のことを考える余裕はありませんね。今回の作品についていえば、特定のモデルがいたわけでもないし、あまりリンクしていないと思います。

――そもそもなぜ裁判所書記官になられたのでしょうか。

 裁判所書記官になるには、まず裁判所に職員として入って、事務官として働いて、中での試験に合格して、研修所に行って……というプロセスが必要です。文学部出身の私が、法学部出身の方が多く働く裁判所職員になったのは、全く知らない世界に飛び込んでみたかったから。面接を受けたときの面接官もまた面白くて、より興味を持ったんです。

 社会人になっても本を読む時間が欲しかったことも大きな理由です。自分のライフスタイルを崩してまで仕事をしたくなかったので、女性が働きやすい環境が整っている裁判所を選びました。

「読書をしないと心が萎んでしまう」

――1人に絞るのは難しいかもしれませんが、菰野さんが好きな作家や影響を受けた作家を教えてください。

 宮部みゆきさんは子どもの頃からずっと好きですね。ファンタジー作品から読み始めたのですが、幅広いジャンルの作品を書かれているのが本当にすごいなと思います。それから大学生のときに出会って衝撃的だったのは、角田光代さん。日常のささやかな場面を丁寧に拾って書かれていて、実感を持って読むことができるんですよね。宮部さんと角田さんがツートップですが、最近は千早茜さんにもハマっています。

――本を読む時間はご自身にとってどんな時間ですか。

 大学生のときは「食事・睡眠・本」というぐらい私の中で重要なもので、なくては生きていけないものだったんですが、やはり社会人になると思うように読書の時間を確保できないこともありましたし、実際、本を読む時間がなくても生きていけることに気づきました。ただ、読書をしないと心が萎んでいってしまう気はして。自分が読みたいときに読めば良いと今は思います。程よい距離感においておける趣味ですね。

――子どもの頃からよく本を読まれていたそうですが、ご両親が本をよく読まれていたのですか。

 それが全然読まないんですね(笑)。ただ毎週末親が買い物に行くとき、私だけ図書館につれていってもらって、親が買い物が終わるまでの時間ずっと本を読んでいたんです。それが記憶にある読書体験の始まりです。

 また、私が幼稚園のときに毎月1冊絵本が届くサービスを両親が申し込んでくれて。本を頼んだ人は先生から本を受け取るんですが、その本が届く度に嬉しい気持ちになったことは覚えています。その頃から本が好きだったんでしょうね。

――今後、小説家として書いてみたい作品や目標などがあれば教えてください。

 私としては書くジャンルを縛りたくないなと思っています。テーマも家族ということだけではなくて、誰か1人に焦点を当てるのも面白いなと思いますし、いろいろ書いてみたいですね。