ウェブライター・編集者の古賀及子(ちかこ)さん(44)が書くのは、大半が母子3人暮らしの家の中で起こる出来事。それが、なんでこんなに面白いのか。初の著書となる日記エッセー『ちょっと踊ったりすぐにかけだす』(素粒社)では、ささいな日常を面白がる著者の観察眼が光る。
2018年からブログやnote、自主制作のZINE(ジン)で発表してきた日記から抜粋、編集した。主な登場人物は、現在中学3年の息子と小学6年の娘だ。
ある日の日記では、雨にぬれた娘のために、砂糖入りの温かい豆乳をのませたエピソードとともに「私はお母さんらしさを模倣・トレースでやってるな」と書いた。
「世の中がすべてフィクションめいて見えてしまう。これは本当に私や息子や娘なのか、今まで見聞きしたフィクションに影響されて演じているだけなのか、とよく考える」と古賀さん。家族とは、そうした「○○っぽさ」が最も表れがちな関係だと言う。
自分自身や我が子の言動さえ、どこか冷静に俯瞰(ふかん)するまなざしは、インターネットの世界で培ったものだ。03年にウェブメディア「デイリーポータルZ」のライターとして活動を始め、現在は同編集部に所属。「デイリーポータルZは書き手の感情より、世の中の面白さを観察して写実的に書くメディア。そのバイブスが利いているのでは」と自己分析する。
「書くこと」に貪欲(どんよく)だ。
ある時、13歳になった息子のグーグルアカウントの設定を変更し、自身の管理下から「卒業」させた。スマホに届いた通知はタップすると消えてしまい、どこにも残っていなかった。
「感動的な出来事だけど、卒業式とか子どもから手紙をもらったみたいな、いわゆる『感動らしい感動』とはちょっと違う。そういうのにめっちゃ興奮して、レシートの裏とかに意地汚くメモするんです」
3人の生活ではしばしば、余った肉まんや菓子パンといった、食べ物を巡る攻防が起きる。古賀さんは子どもたちを思いやって譲る一方、自分も食べたかったという気持ちを包み隠さず書く。思春期の2人の子育てに向き合っていてなお、「多感なのはいつでも自分」だと言い切る。
「習い事のために子どもを送迎している時、自分は『脇役』だなと思うけど、待つ間にコーヒー飲んじゃおってワクワクもするし、やっぱり自分のことを考えている。私は私でしかないし、誰にも乗っ取られる恐れはないな、と思うんですよね」
ものを書く上で意識するのは「かっこいい一文」を書くこと。世界的に評価の高い中国出身の作家、閻連科(えんれんか)の文章が好きだという。
「閻連科が書く世界では無法で素行の悪い人たちがめちゃくちゃをやっていて、そんな中に美しさがある。息子のグーグルアカウントが離れていったというのもすごく普通のことだけど、書くことによって、そこに美しさみたいなものが宿ったらいいなと思うんです」(田中ゑれ奈)=朝日新聞2023年3月1日掲載