ノンフィクション作家の梯(かけはし)久美子さんが、昭和に生きた女性作家と父の関係を描いた『この父ありて』(文芸春秋)を出した。田辺聖子、石垣りん、渡辺和子ら9人の作家が父親を捉え直し、書き記すことで、自分の人生を築いていく姿を見つめている。
「何と弱いお父さん、不甲斐(ふがい)ない」。17歳の田辺の観察眼は冷ややかだ。写真館を営む自宅を空襲で焼け出された父は、病に伏し、戦中戦後の苦しい生活すべてを妻に頼った。
日中戦争が起きた翌年に17歳だったりんは、4度目の結婚を決めたという父に「そんなに欲しいの?」と言い放つ。14歳から銀行で働き、半身不随の父に代わり、6人家族を支えた。「父と義母があんまり仲が良いので 鼻をつまみたくなるのだ」という詩を発表している。
梯さん自身、父に複雑な感情を抱いていた時期があった。それでいて会社や文壇では「父親の価値観を内面化した、素直な娘のように振る舞っていた。娘にとって父は、社会そのものでしたから」。自分の名前で物を書き、世間と相対することは、一人きりで荒波に立っているようで、「社会とうまくやっていきたい気持ちが強かった」という。
作家としてキャリアを積むうちりんの詩と出会い、衝撃を受ける。「父親をここまで突き放して書くのか」。男社会を生きる知恵と思ってきたことが自分の生き方や表現を狭めていると気づいた。
9人に共通するのは、「書かずには生きられなかった人」。女性たちは書くことで父を相対化し、男性的な価値観やその庇護(ひご)から逃れようとする。
自身の父親像も変わった。時代のなかで、こうとしか生きられなかった父が見えてきた。「彼女たちも父の無念に気づいた時に、父と出会い直せた。女性は一度、父親について書いてみるといいかもしれません」(真田香菜子)=朝日新聞2023年1月4日掲載