ホラーアニメ「伊藤潤二『マニアック』」には原作者も太鼓判
――1月19日からNetflix制作のアニメ「伊藤潤二『マニアック』」の全世界配信がスタートしました。
世界配信というのは規模が大きすぎて、うまく想像ができないのですが(笑)、前に作っていただいた「伊藤潤二『コレクション』」以上に、たくさんの方に観ていただけるんじゃないかなと思います。SNSなどでの反響が今から楽しみですね。
――「伊藤潤二『マニアック』」は、2018年放映の伊藤潤二作品が原作のオムニバス・アニメ『伊藤潤二「コレクション」』に続いてアニメ化されたものです。今回も「首吊り気球」「墓標の町」など名作が目白押しですね。
個人的には「首吊り気球」が選ばれているのが、ひとつの目玉かなと思っています。「怪奇ひきずり兄弟 降霊会」という作品が1話目で、自分ではちょっと意外だったんですけど、声優の皆さんもノリノリで演じてくださってすごく良い出来になっています。『コレクション』でめぼしい作品は使ってしまった気がしていましたが、まだまだ結構残っていましたね。
――「トンネル奇譚」「アイスクリームバス」などの奇想天外な物語が、どんな風にアニメ化されているのか気になります。
今回は『コレクション』よりも制作面で余裕があったようで、いっそうクオリティが上がっています。「首吊り気球」は気球が移動するときに音を立てるんですよ。浮き輪を触る時のようなキュキュッという効果音が入っていて、それがぴったりだったので感心しました。田頭しのぶ監督をはじめ、スタッフの皆さんが精力を傾けてくださったので、すごく完成度の高いアニメになっています。
――『コレクション』『マニアック』を手がけた田頭監督の伊藤作品愛はすごいですよね。
作品を深く理解してくださっているので、ありがたいです。アフレコ現場に立ち会っていて「こうしたらいいんじゃないかな」と感じた部分があったんですが、田頭監督もまったく同じことを声優さんに指摘してくださって、判断基準が似ていることにほっとしました。音響の郷田ほづみさん、音楽の林ゆうきさんのお仕事も素晴らしいですし、世界的ソプラノ歌手の田中彩子さんが「富江・写真」の挿入歌で参加してくださったのも嬉しかったです。
欧米ホラーに親しみ、日本のホラーの代名詞に
――伊藤さんの作品は国内のみならず、東アジア圏やアメリカ、ヨーロッパなどでも愛読されています。ギレルモ・デル・トロ監督など各国の著名クリエイターもファンを公言していますが、こうした状況をどう受け止めていらっしゃいますか。
海外を意識して描いたわけではなかったので、いまだにピンときていません。嬉しいですが若干戸惑っていますね(笑)。ただアメリカのホラー映画には子どもの頃から親しんできたので、そういう感覚が作品に表れていて、海外の方に受け入れられている要因になっているのかなと考えることはあります。絵柄を模索していた時代に、アメリカのペン画のアーティストを参考にしたこともありますし、そのあたりも関係があるかもしれません。
――アイデアやストーリーも英米怪奇小説やSFに近い肌合いがありますね。逆に日本的な怪談の要素はほとんど感じられません。
昔ながらの幽霊話、因縁話はなるべく描かないようにしてきました。『四谷怪談』みたいな怪談を子どもの頃からさんざん聞かされてきたので、今さら自分が描いてもなあという気がするんです。それで若い頃に夢中になった海外怪奇小説のような、ムードのあるホラーを自分なりに追い求めてきました。
――なるほど、欧米のホラーに影響を受けた伊藤さんの作品が、ジャパニーズ・ホラーの代名詞として海外ファンに受け入れられる。文化のキャッチボールですね。
面白いですよね。映画にしても好きだったのは、ドラキュラやフランケンシュタイン。田舎に住んでいたので映画館ではなくもっぱらテレビでしたが、夏休みにその手の怪奇映画が放送されるのが楽しみで。西洋のホラー文化に対する憧れは、昔から強かったと思います。
生理的な不快感を題材に
――昨年12月に発売された『幻怪地帯Season2 -エーテルの村』はファン待望の最新作。斬新なアイデアのホラーが4編収められています。ネタがなくて苦労したと「あとがき」にありましたが、とても信じられません。
苦労話はあまり口にしない方がいいと思うんですけど、ネタ切れには本当に悩まされています(笑)。ノートをひっくり返して毎回アイデアを絞り出していますが、昔に比べて完成まで時間がかかるようになりました。デビュー当初は30ページくらいの短編を毎月のように執筆していたんですが、よくあんなことができたなと思います。体力的にも精神的にも、エネルギーがあったんでしょうね。
――1話目の「塵埃の魔王」は“埃ホラー”。音もなく降り積もる埃の不快さが、やがて恐怖に変わっていくという作品です。
埃ってまめに掃除をしないとすぐに積もりますよね。気にし始めると不快でしょうがない。あの忌まわしい感じをホラーにしてみました。逆にどんなに部屋が散らかっていても、埃さえ積もっていなければそこまで不快じゃないですよね。割と自分が生理的に嫌だなと感じるものを、マンガの題材にすることが多い気がします。
――主人公の少年の目を通して描かれる、寂れた温泉街の元旅館に隠された秘密。風変わりな親子の物語は、やがて予想もできない展開を迎えます。
廃墟とか布団とか、埃から連想するキーワードをリストアップして、一本の物語にしていきました。屋根裏には埃が溜まっているだろうとか、布団部屋も埃だらけだろうとか、絵になりそうなシーンを思い浮かべて、それらを混ぜたらこういう奇妙な話になったんです。
――4編はニュースサイト「AERA dot.」に発表されたものです。ネット媒体は紙の雑誌に比べて、ページ数に融通が利くのだとか。
紙の雑誌だと16ページとか32ページとか、基準になる長さがあるんですけど、ネット媒体にはそれがありません。紙の雑誌に描いていた頃は、よくページが足りなくなって、半ば強引に終わらせていたので、ネットだと枚数を気にしなくていい。冗長になりすぎてもいけませんが、ここで終わりたいというところまで話を展開させられるのは、描き手としてありがたいです。
――表題作「エーテルの村」は、エネルギー保存の法則に反した機械・永久機関の実用化に成功した奇妙な村の物語。“滑車ホラー”というキーワードが出発点だったとあとがきにはあります。
ネタ帳に残されていた5文字を手がかりに、ひたすら滑車について考えました(笑)。調べてみると滑車は単純機械と呼ばれるものだと分かり、そこから永久機関やエーテル(天界を満たしているとされた物質)にまで繋がっていきました。永久機関で動く人間が出てくるホラーは、あまり例がないんじゃないでしょうか。
自分が面白いと思うものを描いてきた
――伊藤さんの短編には「地図の町」「サイレンの村」など、閉鎖的な村や町を描いたものが多いですね。そうした設定がお好きなんでしょうか。
好きなのもあると思うんですけど、村ものを意識して描くようになったのには理由があるんです。デビュー作の「富江」という作品は雑誌『月刊ハロウィン』の楳図賞の佳作に選んでいただいた作品なんですが、その選考委員だった稲川淳二さんが「ある街に一歩踏みこんだら何かが違う、そこに秘密があるといったテーマが好きだから、そういった要素をクローズアップしてほしかった」とおっしゃって、そのアドバイスがずっと頭に残っていたんですね。稲川さんには後になってお礼を言いました。
――巨大な機械や、滑車やネジで動く生き物など、見たこともないビジュアルが多数登場します。この発想を絵にするのは相当大変だったのでは。
デジタル作画になって多少楽になりましたけど、もともと機械を描くのは苦手で。ネジの向きを間違えないように描くのが一苦労でした。でも毎回アイデアをひねり出す方が大変で、作画にかかる労力まで気にしている余裕がないというか(笑)。その都度、自分が面白いと思うものを描いてきた、とも言えますね。
――3話目の「怪奇ひきずり兄弟 -桁ノ助叔父さん」は、お屋敷に住む6人兄弟が登場するコメディホラー。まさか27年ぶりに「ひきずり兄弟」シリーズが読めるとは思いませんでした。
この兄弟は意外に人気ですよね。2話目まで描いたところで掲載誌が休刊になって、そのまま中断していたものです。正直いいネタもなかったので終わってホッとしていたんですが、「伊藤潤二『マニアック』」で「ひきずり兄弟」をアニメ化してくだったので、それにあやかって久々の続編を描いてみました。
――引摺家の6兄弟は見栄っ張りで嘘つきの長男をはじめ、奇人変人ばかり。かれらのキャラクターがとても可笑しいですね。
全員がろくでもない兄弟の話です。子どもの頃、実家におやじの姉と妹が同居していて、普段は仲が良かったんですが、たまに大人同士で喧嘩することもあったんですよ。そういう人間模様は面白いなという印象が残っていました。もちろん引摺家のような、ひどい喧嘩じゃなかったですけど(笑)。このシリーズはホラーというより、ギャグマンガとして描いています。馬鹿な人たちが馬鹿なことをやって、大失敗するという面白さですね。
――ホラーとギャグの両方を手がけたマンガ家といえば、楳図かずおさんの名前が思い浮かびます。
ええ。楳図先生はギャグマンガ家としても超一流ですよね。『アゲイン』や『まことちゃん』はわたしもゲラゲラ笑って読みました。もちろん楳図先生のホラーマンガにも絶大な影響を受けているので、自分でもホラーとギャグの両方に挑戦したくなったのかもしれません。もともとドリフとかひょうきん族とか、お笑い全般が昔から好きなんですよ。
田舎の風景が生み出す恐怖
――4話目の「万寿沼の甲羅」は実体験がヒントになっているとか。
仕事帰りに深夜歩いていたら、大きな亀が車道を歩いていたんです。それ以前にも、車に轢かれて異様な形になった亀を見たことがあって、助けてやろうと持ち上げたらおしっこをかけられそうになったんですよ(笑)。そんな経験から、亀のホラーを描いてみることにしました。
――亀の甲羅に浮き出た模様が、人の最期を占うという不気味な言い伝えが扱われています。
ヒントになったのは、平家の亡霊の顔が浮かんでいると言われる平家蟹です。亀の甲羅に死に顔が浮かぶというアイデアを思いついたことで、いけるという手応えを感じました。亀卜という亀の甲羅を使った占いがあることも知っていたので、それを組み合わせたんですが、ホラー短編として割とよくまとまったんじゃないでしょうか。4編の中ではこれが一番気に入っています。
――2021年に刊行された作品集『幻界地帯』を受けて、今回は『幻怪地帯 Season2』と銘打たれています。このシリーズにはどんな傾向がありますか。
一応山村とか田舎町とか、ちょっと都会とは離れた場所を舞台にしようというコンセプトがあります。そこまで厳密な縛りではないんですけど、都会を描くのは得意じゃないですし、田舎の方が楽しんで描けるというのはありますね。
――自然豊かな岐阜県中津川市ご出身、というプロフィールも関係していますか。
だと思います。楳図先生も奈良県のご出身で、初期の頃はよく山村を舞台にされていましたけど、わたしも田舎育ちなので山の景色が描きやすい。先日家族旅行で石垣島に行ったんですが、空き時間にネタを考えようとしても、まったく頭が働きませんでした(笑)。広がる水平線やまぶしい太陽の下よりも、山中のどんよりした田舎の方がわたしには向いているようです。
――では最後に今後の執筆予定を教えていただけますか。次回作はやはり『幻怪地帯Season3』でしょうか。
次回作は別の作品を描く予定です。締め切りが迫ってきて、初めてアイデアが形になるので、今の段階ではなんとも言えないですね。若い頃はラジオを聞いたり、散歩したりするだけでアイデアが浮かんできましたが、最近は相当絞らないと出なくなってきました。これまで聞いたことのないような珍しいアイデアを見つけるのは大変です。絵についても改善の余地があると思っていますね。
――本当ですか!? 緻密な絵柄は誰にも真似のできないものだと思いますが。
単行本を読み返してみると、こうすればよかったな、という心残りがいくつもあるんですよ。次回作ではアイデアだけでなく、絵にもじっくり時間をかけたいと思っています。