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「WILDERNESS AND RISK」書評 人の弱さや愚かさに光を当てる

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2023年02月11日
WILDERNESS AND RISK 荒ぶる自然と人間をめぐる10のエピソード 著者:ジョン・クラカワー 出版社:山と溪谷社 ジャンル:ノンフィクション・ルポルタージュ

ISBN: 9784635340403
発売⽇: 2022/12/19
サイズ: 19cm/273p

「WILDERNESS AND RISK」 [著]ジョン・クラカワー

 アメリカを旅すると、桁違いの風景に出会うことがある。何百キロも景色が変わらない原野、方向感覚を失うような砂漠、1日歩いても誰とも会わない森。人間と自然との関係が、ここでは生やさしいものではないことに気づく瞬間だ。
 本書には、そんな大自然と人間を巡る10の文章が収められている。
 メディアの注目を浴び、「究極の波に乗りたいなら、究極の対価を払う覚悟がいる」と言い放ってその言葉通り、居並ぶカメラの目前で巨大な波の向こうに消えた伝説のサーファー。遭難しそうな仲間を見捨ててでも未踏ルートを狙い続けた希代の登山家の、年老いた姿。
 好奇心も虚栄心も人一倍の人間たちが、厳しい自然に立ち向かい、どう行動するのか。美しい冒険の物語だけではないところに、リアルな人間の姿が浮かぶ。
 異色なのは、荒れた若者を過酷な自然の中で鍛え直す「荒野療法」の話だ。自然の中で精神を癒やすという考え方はボーイスカウトやナチュラリズムの系譜に通じるが、宗教ともつながり、死者まで出してきた過去があるというから驚く。
 著者は、アウトドア誌を中心に多くの作品を発表してきたノンフィクションライターだ。日本でもいくつか翻訳が出ており、『荒野へ』(集英社文庫)で知る方もいるかもしれない。アラスカの荒野で遺体で見つかったある若者の旅路をたどったこの作品は、発表当時、ベストセラーになった。四半世紀たって読み返しても色あせておらず、アメリカを知る本としても合わせておすすめしたい。
 著者の作品が、私のような冒険とは無縁の読者にも響くのは、大自然そのものを描くだけではなく、そこへ引き寄せられていく人間の弱さや愚かさに温かな光を当てているからだろう。そして、生産性やコスパなどとは無縁に自分の信じるものを貫く人たちの姿は、アメリカ社会の多様な生き方を改めて感じさせる。
    ◇
Jon Krakauer 1954年、米国生まれ。ノンフィクションライター、ジャーナリスト。著書に『空へ』など。