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「迫りくる核リスク」書評 「壊滅的な結末」避ける平和論を

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月25日
迫りくる核リスク 〈核抑止〉を解体する (岩波新書 新赤版) 著者:吉田 文彦 出版社:岩波書店 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784004319467
発売⽇: 2022/11/22
サイズ: 18cm/249,5p

「迫りくる核リスク」 [著]吉田文彦

 ロシアによるウクライナへの軍事行為は、20世紀型の帝国主義的侵略であった。しかし戦争の内実は、全く新しい状況を示している。プーチン大統領の核による脅しなどはまさにそうだ。核の保有が核の使用を防ぐという「核抑止」下の平和論そのものが虚構であることが明確になった。人類は、核抜きの新しい平和論の構築を急がなければならない段階に入っている。
 本書の主眼もこの点にある。「心のなかの核武装解除」という意味では、人類存亡は現代の個々人に突きつけられている、との視点で読むべきだろう。
 核抑止とは、本書を読み進むうちに、広島、長崎の後に人類が戦争勝利の手段として核を拡大する一方、核の不使用を前提に続けてきた模索の意味だと気がつく。著者は、核不拡散条約や核兵器禁止条約の歴史とその背景、各国の思惑などを整理し、ひとたび核が使用されれば「壊滅的な結末」を迎える状態を丁寧に説明する。核武装の危うさ、核の先制攻撃の自己崩壊(「約束の罠(わな)」の怖さ)、さらには核共有論の持つ危険性などを具体的に指摘されると、日本社会の核への関わり方の土台が崩れていくことが鮮明になる。
 著者は、人類のこれまで5回に及ぶ核攻撃の危機を語っている。アメリカとソ連に注意深い関係者がいて回避されたが、機器の誤作動、誤れる報告者がいたならば現実化してもおかしくなかった。著者が責任者を務める研究センターは、他の機関と共同で「北東アジアにおける核使用の可能性」について研究を行った。その結果をもとにした記述では、25の核使用のケースがありうると想定されるという。本書では七つのケースが紹介されている。
 「核兵器の使用を未然に防ぐ方策とは何か」を考える手がかりとして読むと、多くの示唆に富む分析が含まれている。私たちが生きる現在は、人類の英知が試されているのだ、と実感する必要がある。
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よしだ・ふみひこ 長崎大核兵器廃絶研究センター長・教授。元朝日新聞論説副主幹。著書に『核解体』など。