1. HOME
  2. 書評
  3. 「真珠とダイヤモンド」(上・下)書評 バブルの波にのみこまれる熱意

「真珠とダイヤモンド」(上・下)書評 バブルの波にのみこまれる熱意

評者: 藤田香織 / 朝⽇新聞掲載:2023年02月25日
真珠とダイヤモンド 上 著者:桐野 夏生 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784620108605
発売⽇: 2023/02/02
サイズ: 20cm/365p

真珠とダイヤモンド 下 著者:桐野 夏生 出版社:毎日新聞出版 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784620108612
発売⽇: 2023/02/02
サイズ: 20cm/282p

「真珠とダイヤモンド」(上・下) [著]桐野夏生

 そうそう、そうだった。読みながら何度も頷(うなず)き、そのたびに、目を閉じてしまいたくなった。
 バブル、と呼ばれる時代の物語である。一九八六年四月、主人公となる伊東水矢子と小島佳那は、萬三(まんさん)証券株式会社・福岡支店に現地採用で入社した。高卒の水矢子はお茶汲(く)みやコピー取りなどの雑務をこなす裏方の事務社員。短大卒で美貌(びぼう)も野望も持つ佳那は、入社早々株式などを取り扱える資格試験に合格し営業一課のフロントレディとして働き始める。
 男性社員たちの「花嫁候補」でもある、地元のお嬢さん学校出身者が大半をしめる女性社員のなかで、貧しい家庭に生まれ育った水矢子と佳那は浮いた存在だった。ふたりは自分にまとわりつく負の連鎖を断ち切りたいと願い、二年後には東京へ出ようと心に誓う。
 学費を貯(た)めて大学進学を志す水矢子。好景気に沸く金融業界に就職した理由を「金持ちになるチャンスばい」と言い切る佳那。しかし若いふたりのひたむきな熱意を、バブルという時代の波がのみこんでいく。
 〈この世の仕組みはすべて、家庭も会社も店も学校も、男が上で女を見下し、自由にしようとしている〉とはいえ、あたり前のように水矢子を「そこの彼女」と呼び「お茶淹(い)れて」と命じる「男社会」もまた激烈な世界だった。コネもカネも学歴もない営業の望月昭平は、佳那と縁のあった客を足掛かりに、なりふり構わず成績を上げていくが、何かに憑(つ)かれたかの如(ごと)き姿に、この先に待つ時代の終焉(しゅうえん)を案じずにはいられなくなる。
 〈いつでも、どこか行く先々を夢見て暮らしたいのだ。株価も地価も値上がりを続ける右肩上がりのこの時代なら、それができるような気がする〉。今なら、そんなバカな、と誰もが笑うだろう。けれどバブルは「そんな夢」を多くの人に見せたのだ。
 この天国を、この地獄を、覚えておかなければ、と、強く思う。
    ◇
きりの・なつお 1951年生まれ。1999年、『柔らかな頰』で直木賞。著書に『OUT』『東京島』『砂に埋もれる犬』など。