1. HOME
  2. 書評
  3. 「シベリアの森のなかで」書評 静寂と孤独 広がる自由の発見

「シベリアの森のなかで」書評 静寂と孤独 広がる自由の発見

評者: 稲泉連 / 朝⽇新聞掲載:2023年03月04日
シベリアの森のなかで 著者: 出版社:みすず書房 ジャンル:エッセイ

ISBN: 9784622095958
発売⽇: 2023/01/12
サイズ: 20cm/275p

「シベリアの森のなかで」 [著]シルヴァン・テッソン

 本書の著者・シルヴァン・テッソンは、フランス人の冒険家である。本書はその彼がまだ三十代だった十年ほど前、シベリアはバイカル湖の畔(ほとり)の森の小屋でひとり、半年間にわたる隠遁(いんとん)の日々を日記として綴(つづ)った一冊だ。
 湖で夕食の魚を獲(と)り、ときには針葉樹の広がる極寒の山に登り、夜になれば読書に耽(ふけ)る。木々と雪の匂いや、窓辺で飲むウォッカと朝を告げる氷の軋(きし)む音……。ときには森林保護官や土地の漁師とのちょっとユーモラスな交流もあるのだが、読んでいて胸に迫ってくるのは、やはり自らの「孤」を自然の中で見つめていく著者の姿だった。
 〈孤独とは自分を取り戻すことであり、そのおかげでふたたび現実を享受できるようになる〉
 この言葉にあるように、著者が森での生活でテーマとしているのは、積極的に自らが選び取り、勝ち取るものとしての孤独、と言えばいいだろうか。
 ただひたすらに自分の内側を見つめるとは、いったいどのような行為なのか。
 森の生活の静謐(せいひつ)な時の流れに身を委ねることによって、消費社会に生きる上で抱えざるを得ない荷物を、著者は少しずつ手放していくかに見える。
 〈小屋での生活はたぶん後退だ。でも、後退のうちにも進歩はあるんじゃないだろうか?〉
 〈自然の孤独とぼくの孤独が出会う。この二つの孤独はお互いの存在を確認し合っている〉
 自然との共鳴の中で人生をあらためて捉え直し、自らの裡(うち)に生じた変化にじっと目を凝らす。静寂と孤独、それ故に広がる自由の発見の一つひとつを、テッソンは書き留めていくのである。
 自然への感覚を研ぎ澄ましながら、あまりに静かに過ぎゆく凍(い)てつく時間と向き合う著者。その思索を読んでいると、人にとって孤独を守ることは、うちなる戦いであるのだということが確かに伝わってきた。
    ◇
Sylvain Tesson 1972年生まれ。冒険家、作家。旅行記やエッセーなど多数。本書でメディシス賞。