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映画「ロストケア」主演・松山ケンイチさんインタビュー 42人殺めた介護士役が問いかける、日本の介護と孤独

松山ケンイチさん=北原千恵美撮影

平和な日本に潜む孤立

――本作は、10年前から松山さんが前田(哲)監督と温めてきた、思い入れのある作品と伺いました。

 当時、雑誌で色々な方と対談をする企画の中で、自然栽培をしている農家の方とお話をする機会があったんです。その時に「農」というのは生き方につながるものがある、というお話がすごく印象に残ったんですよ。生きることの最後、つまり「死」を意識した生き方や、自分はどんな最期を迎えたいのか、そのためには今どう生きるべきなのかということを考えるようになったんです。そんな時に前田監督から「面白い本がある」と聞いて、今回のお話があったんです。

――原作を読んでみていかがでしたか?

 簡単に言ってしまうと「他人が人の人生を終わらせる。それが救いだ」というお話なのですが、ものすごく考えさせられました。例えば、もし両親が認知症になったら老人ホームに入所させるのか、自分が仕事を休んで介護をするのか、ヘルパーさんなどにお願いするのか、色々な方法があると思うんです。でも、だれも頼る人がいなかったり、頼ろうと思って行った役所でも拒否されたり。それで孤立してその末に殺人が起きる。これってすごく悲しいことだなと思ったんですよね。

 一見、みんな平和であるように振る舞っていて、何不自由なく生活しているように見えますけど、中には「助けてくれ」と言ってもだれも助けてくれないことが今の日本にある。これはきっと他の人も知らないことだと思ったので、何らかの形で世の中に出すことで、インパクトも意味もすごくあるんじゃないかと思いました。

今の時代に生まれるべく生まれた作品

――この作品が映画化され、世に出るまでに10年という歳月がかかったのは何か理由があったのでしょうか。

 やっぱりこういうことって基本的にはだれも見たくないし、フタをしてみないようにしていたと思うんですよ。認知症や介護のこと、自分や家族の死とも向き合いたくないから、できるだけ先送りにしていることで、それをなんでわざわざ映画にして表に出すんだっていうところで、10年かかったんです。

 介護殺人は年間50件ぐらい起こっているんですよね。そうなってからようやくニュースで取り上げられるようになり、ドキュメンタリー番組でも取り上げられるようになってきて徐々に認知されるようになってきたけど、自分が知らないだけで大きな問題はまだほかにもあると思うと胸が痛みます。

――悲しいですが、これが今の日本の現実ですね。

 引きこもりや8050問題もここ数年で少しずつ認知が広がったように、10年前だったらほとんど知られていないことを、少しずつみんなが気づき始めたからこの作品の実写が成立したと思うんですよ。おそらく10年前だったらこの映画は世に出せなかったでしょうし、今の時代に生まれるべくして生まれた作品なんだろうなと思います。なので、10年前にこういったことを題材にした小説を書かれた葉真中さんもすごいなと思います。

2人の対峙は日本の未来の姿

――原作と映画では、大友が男性と女性という違いもありましたが、原作から役をつかむ手がかりになることはありましたか? 

 映画の斯波は穏やかに話していますが、原作では、安全地帯にいる男(大友)と、穴に落ちてしまった男(斯波)が激論を交わします。大友と斯波の関係性は、単に「検事」と「殺人犯」というだけでなく、日本はこれからどういう未来を描いていくのかという「未来の話」をしているように僕は感じました。

――ストーリーが進むにつれて、2人の会話が見ている人に何かを問いかけているように受け取りました。

 この2人が話をすることが日本にとって重要なことで、ただ「お前は殺人者だ」と言って死刑にして終わりではなく、大友も斯波の言う事に耳を傾け始めている。これがすごく大事なことなんですよね。自分と同年代の人や下の世代の人たちが、これからどう「死」に向かって生きていくのかを真剣に語っているところが、僕が原作から特に感じたことだったので、そこは映画でも活かしたい部分でした。

©2023「ロストケア」製作委員会

――長澤まさみさん演じる大友検事との対峙シーンでは、斯波が終始会話の主導権を握っているように見えましたが、大友の言葉に心が揺れた瞬間はありましたか?

 それはないですね。セリフとしては、最後の方に「家族の絆とか大事なものがあるでしょう」という言葉にちょっと感じる部分はありますけど、基本的に大友が斯波にぶつけている言葉というのは、斯波自身がずっと自分に向けて投げかけていた言葉でもあるんですよ。だって、この人は狂っている人ではないですから。一般常識もあるし、法律のことも分かっている。大友が話していることはすでに何回も自分に問いかけていたことだから、あれだけ冷静に話ができたんじゃないかなと思います。

――斯波は、自分がした行為は「殺人」ではなく「救い」であると主張し続けますが、その揺るぎない信念はどんなところにあると思いますか。

 斯波が最初に人を殺めるに至るまで、ずっと色々なことを考えていたと思うんです。結果的に42人を殺害したわけですが、斯波にとって人数は関係なくて、見つかるまで続けようと思っていた。なので、後悔や反省とか「自分がしていることは間違っている」という感情はすでにないんです。

 斯波の目的というのは、これまで見ないようにしてきたことのフタを開けて、介護や認知症という問題を多くの人に知ってもらうことなんですよ。殺したいから殺しているわけではなくて、だれかがこの問題自体を思いっきり表に出していかないといけない。だから「殺人」という行いをひとつの表現として検事に伝え、ニュースにして多くの人の目に触れさせることでこの問題を表現しようとしている。それが斯波だったんですよね。間違っていることを自分でも分かっていながら、それでも「だれかがやらなきゃいけない」という思いが強い人なんだと思います。

――先ほど、10年前に「死」のあり方を意識するようになったと仰っていましたが、この作品の出演を通して「死」に対する考え方は変わりましたか?

 自分の人生の終わり方について考えている最中にこの本と出会ったので、胸に刺さることがたくさんありました。例えば、生きる権利はあるのに死ぬ権利はないじゃないですか。スイスやカナダでは尊厳死が認められていますけど、今後世界的にもそうなっていくのか、それとも限定された地域だけなのかということは気になりますね。

――制度や保険など、介護についてもこの先の不安が拭えません。

 少子化と言われ、高齢者は明らかに増え続けていく中で、今は1人の老人を1人の成人が支えていく税金のあり方ですが、この先もしかすると、1人の成人が2人も3人も支えていかなきゃいけないことになるかもしれない。給料だってやっと少しずつ上がっていますけど、支える人数が多かったら負担も増えるわけだし、生活するのも難しいじゃないですか。そうなった時に、若い人たちは何か希望を感じることはあるのかなって思うんです。

©2023「ロストケア」製作委員会

網の目から漏れる人を救えるか

――本作は、「介護」や「認知症」という今の日本が抱える問題がテーマになっていますが、今、実際に認知症を患っている方やその家族、だれかを介護している人、それによって悩み、苦しみの真っただ中にいる方々に何か伝えられる思いはありますか。

 介護されている人もしている人も、孤独にさせないということが一番大事だと思います。そのために、きっと行政も一生懸命対策を練ってやっていると思うんですけど、作中で斯波が生活保護の申請をしに行った時に「これでは受け付けられません。はい次の人」というシーンがあるのですが、僕はどうしてあそこで「ここでは受けられません。でも、こちらにはこういうものが受けられる可能性があります」と言ってくれなかったんだろうと思ったんです。

 自分たちの担当の管轄外にはノータッチで、横のつながりができていないんじゃないかなと思います。きっとこれが、斯波のように網の目から漏れて穴に落ちてしまう人たちを救えない部分なんだろうなと感じました。この網と網の隙間をどれだけ縮められるのかは本当に大切なことだし、考えていかなければいけないことだと思います。

――試写を観終わった後、どうしたらこのような悲劇が避けられるのか、また、自分の親や近しい人が同じことになったら、もしくは自分が将来そうなったら……と、日々考えています。

 この映画は残酷ですけど、そういう人にこそ見てもらいたいと思うんですよ。辛いシーンもあると思いますが、悪い方に進むのを踏みとどめることもできるだろうし、背中をさすってもらえるような作品でもあると思うので、当事者の方や介護をされている方たちにもぜひ見ていただきたいなと思います。

©2023「ロストケア」製作委員会

――ほかに、何か考えるようになったことはありますか?

 僕も子どもがいるので「自分がいざ年金をもらう時はどうするんだろうな」とか「自分がもし介護を受けることになったら」ということはやっぱり考えますね。

 あとは、震災の時に備えが必要だということをみんなが認識したように、介護に対してもあらかじめの備えって必要だと思うんですよね。そうなってしまってからでは介護をする人にも余裕がないし、生活保護の申請も含め、必要な対策を事前に知っておくのと知らないのでは全然違うような気がします。あとは学校でも教えるべきことだと思います。保険の制度や国から受けられる支援といったお金と介護の話は、子供の頃から知っておかないといけないことだと思います。