「JFK」(上・下) 若きカリスマの素顔と重い背景 朝日新聞書評から
ISBN: 9784560094792
発売⽇: 2023/02/01
サイズ: 22cm/375,32p
ISBN: 9784560094877
発売⽇: 2023/02/27
サイズ: 426ページ
「JFK」(上・下) [著]フレドリック・ロゲヴァル
米国の第35代大統領ジョン・F・ケネディ。キューバ危機を乗り越え、マリリン・モンローと浮名を流し、ダラスのパレードで暗殺された伝説的政治家の伝記である。ただし、本書はその前編。一九五六年の民主党副大統領候補の選挙での惜敗で終わっており、大統領時代は後編の刊行を待たねばならない。
けれども、その前編だけでも完結した作品に仕上がっている。本書は、主人公をあだ名の「ジャック」で表記するので等身大の彼を間近に感じることができ、読み始めたら止まらない。活力ある米国を築いた若きカリスマJFKの神話も、かなり相対化されている。
神話の解体は、単にジャックの生涯変わることのなかった女たらしの遍歴過程を知るだけでも十分かもしれない。本書によると、それは彼のルックスによるだけではない。ウィットに富んだ会話、並外れた感じのよさ、優美なふるまい、膨大な読書量と文学への耽溺(たんでき)に裏打ちされた知性、先入観を排して現場から考える思考力、もちろん超がつく大富豪のボンボンであることも、男女関わらず人を惹(ひ)きつける理由となった。
身辺のだらしなさも一級品。彼の部屋は汚く、靴下は左右バラバラ、身なりも髪形も構わないいい加減さも、知性と美的センスを兼ね備えるジャッキーと結婚するまで変わらなかった。
ただ、これらだけだったら本書の価値は半減していただろう。ジャックが大統領になるまでの時間に投影された歴史の背景は重い。
ジャックの家系はアイルランド系カトリック。プロテスタント優勢の米国でどう地位を獲得していくかがケネディ家の課題だった。父は犯罪スレスレの株売買で一財産築いた資産家でローズヴェルト大統領の時期にイギリス大使を務めた。
人生経験も金持ちの御曹司というレッテルをこえる広がりがある。ナチ政権下のドイツを訪れ突撃隊の英雄の墓に行ってナチにからまれてもいる。日本との戦争では魚雷を搭載したボートの部隊を指揮、日本海軍の船に衝突され、負傷した戦友を何時間も泳いで救っている。その時の武勇伝は誇張されて伝えられ、彼の選挙でも繰り返し語られた。難病に侵され、二度ほど病院で生死をさまよったこともあまり知られていないだろう。
父はナチに対する宥和(ゆうわ)主義を訴えたが、チャーチルを敬愛するジャックは宥和主義を批判する卒論を書き、出版されると高い評価を得た。主義よりも現場調査を重視する歴史研究者としての彼の評価も、本書の重要な論点である。
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Fredrik Logevall 1963年、スウェーデン生まれ。米ハーバード大教授。専門はアメリカ外交史、国際関係史。ベトナム戦争の史的展開を描いた著作で、2013年にピュリツァー賞を受賞した。