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「帝国日本と不戦条約」書評 なぜ歯止めになりえなかったか

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月01日
帝国日本と不戦条約 外交官が見た国際法の限界と希望 (NHKブックス) 著者:柳原 正治 出版社:NHK出版 ジャンル:新書・選書・ブックレット

ISBN: 9784140912768
発売⽇: 2022/12/23
サイズ: 19cm/252p

「帝国日本と不戦条約」 [著]柳原正治

 1928年8月に調印されたパリ不戦条約が、それ以後の戦争の歯止めになりえなかったのはなぜか。この条約の本来の意味はどこにあったのか。本書は、条約の精神を理解した日本の外交官で、常設国際司法裁判所所長を務めた安達峰一郎(みねいちろう)の思いを分析、その理念と生きた姿を語り継ぐ。
 この条約の史的な意味を理解しておくことの重要性が改めて感じられる。
 発効時点の締約国は46カ国、現在も効力を持ち、今は68カ国に増えている。ロシアによるウクライナ戦争においても、この不戦条約の存在を意識する必要があることが説明されている。
 締約時には日本国内で表立った反対はなかった。しかし条約署名から半月を経て、政党、民間団体、学者、新聞などの反対が始まる。人民の訳語が日本の国体を蹂躙(じゅうりん)するのでは、というのだ。反対者には尾崎行雄なども含まれるが、条約の不戦そのものへの批判ではなかったという。
 著者は、この条約についていくつかの論点を引き出している。その一つが「戦争」という名称である。
 例えば満州事変は戦争と見做(みな)されなかった。盧溝橋事件以降、日本の外務省は宣戦布告による戦争と事実上の戦争の利害について調書をまとめているが、宣戦布告して国際法上の戦争になれば不戦条約違反になるとの危機感が省内には根強かったと指摘されている。
 本書は戦争の概念がどう変化したか、歴史を踏まえて全体図を俯瞰(ふかん)し、条約に対する日本の考え方を総合的に説明する。外交官の安達や杉村陽太郎などの国際法上の捉え方は、日本の外交政策と乖離(かいり)しており、その狭間(はざま)にある彼らの苦悩も語られる。不戦条約を強く支持する彼らには、「法の時代」に「力の時代」を選択する日本に対し、無念の思いがあったのだろう。
 国際法の研究と発展に尽くしたいとの安達の人生は、日中戦争以後の史実を知ることなく逝った。国際良識派の死でもあった。
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やなぎはら・まさはる 九州大名誉教授、放送大特任栄誉教授。著書に『人と思想 グロティウス』『国際法』など。