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須藤古都離さん「ゴリラ裁判の日」インタビュー その正義は本物か、ゴリラが問う 

須藤古都離さん

なりきって掘り下げた「人間とは」

 物語はゴリラの一人語りで始まる。カメルーンのジャングルで生まれ育ったローズは人間の研究者と手話で話しながら、群れの中で平和な日々を送っていた。知能も言葉も人間なみで好奇心いっぱいの彼女は、とある縁でアメリカの動物園へ。そこで事件が起きる。

 事件のモチーフは2016年の「ハランベ事件」。動物園の囲いの中に落ちた子供を引きずり回したゴリラが射殺され、是非を巡って論争が起きた。作中ではローズと恋仲になった夫ゴリラが射殺される。殺意のない夫を、子供を助けるためだけに殺された彼女は動物園を訴える。

 「法的に人権はすべての人に適用される。でも、すべての人って定義されてないんです。じゃあ人と、人でないものの境って何だろうと思ったところから、この物語は始まった。最初は進化した人間を扱ったSFとして構想したのですが、逆の発想でもいけると思って、ゴリラを選んだんです」

 現実社会にも手話ができるとされたゴリラはいた。加えてローズは、手話用のグローブを通して言葉を機械音声で伝えることができる。知性あふれる言葉のやりとりに、渡米直後から人気者に。政治家や芸術家といった有名人がひっきりなしに訪れるなか、ローズは敵意よりもむしろ善意で投げかけられる言葉に違和感を抱く。「君は黒いだろ? それにアフリカから連れてこられただろ? 俺たちは同じ」とアフリカ系の人から語りかけられたローズはとまどう。「私はゴリラなのに、毛の色とか服で勝手に『人種』を想像されてるの?」

 「ゴリラと人間の世界がぶつかったときに起きる軋轢(あつれき)って、人間同士でも起きることだと思うんです。ゴリラになりきってローズの内面を掘り下げていった結果、どんどんストーリーが転がっていった」

 ローズの訴えは棄却される。裁判後に「正義は人間に支配されている」と叫び、動物園にいられなくなった彼女はプロレスの悪役としてデビューし、そこで出会った「負けなしの弁護士」とともに、自らの尊厳をかけて新たな訴訟を起こす。終盤のスリリングな法廷劇も、物語の読みどころだ。

 「生きていく上で重要で、世の中で正しいと思われていることは多い。人権もその一つ。でも、それが本当に正しいのかと考えてみると、実はそこまで強固な概念ではない。日常のあちこちにある固定観念のようなものを、エンタメ小説の力で揺さぶりたい」

 今夏には次作「無限の月」を刊行予定。一人の人間のなかの「自分」と「自分ではない」境を探る、アイデンティティーをテーマにした物語だそうだ。(野波健祐)=朝日新聞2023年4月5日