漫画は朗読できない。歌は、声に出すことが可能だ。というか本来そっちがメインかもしれない。漫画と歌、両者は全然違うジャンルだが、著者は万葉集を、自分の土俵に引きずり込んだ。万葉集はびっくりしただろう。アウェーすぎるよ、と。丸い爪、一人ずつデザインの異なる妙な顔、偉そうなのに対等なセリフ、遠慮なく横切っていく擬音、どこから見ても万葉集とは無関係な世界が続く。だが意外にも、すんなりここに居場所を見つけてしまう。著者の巧みな演出によって、万葉集の歌はビジュアル系の魅力を引き出されてしまったのである。
図版のこの歌、解釈によっては男女の歌に聞こえるようだが、著者は単に買い物に失敗した後悔としてのみ扱う。四角く囲まれて、絵の前に浮いている。歌が漫画の中で待ち伏せしているのだ。キャラクターは堂々と歌を無視して次のコマに進む。コラボレーションとは馴(な)れ合いのことではない。そんな厳しい姿勢が見えるようである。が、どこか笑える。万葉集にお笑いの才能をも見出(みいだ)したのは著者の功績だ。22の短編で構成される漫画集。万葉集の作者たちもきっと、こんなの読みたいと思っていたに違いない。=朝日新聞2023年4月15日掲載