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三重野龍「龘 TOU」 蘇る、心に残った世界の「手触り」

京都を拠点にグラフィックデザイナーとして活動する、三重野龍さんの初の作品集。約500点所収。図版は本書から Text=Takumi Noguchi, Photo=Takuya Matsumi

 この世界には、「答え」がなにもかもにあるわけではないが、でもそのかわり「手触り」がある。たった一つの答えが愛にあるわけではないが、たった一つの答えが光にあるわけではないが、それでもその世界に生きて、そういった言葉があてられる出来事、感情、景色と共に私たちは暮らしている。絶対的な答えはわからなくても、それらが存在する気配の中で生きていて、そしてその「手触り」だけはわかるのだ。そうして、その「手触りがわかる」ということが、ただ一つの答えを神様のように知っていることより、生きる上では大切だったりする。

 三重野さんのデザイン、特に言葉のデザインは、言葉の器に入れられた「何か」の手触りを肌感覚でこちらに伝えるものだと私は思っている。言葉は、本当なら人によって多種多様な見方をする概念を、伝達のために、かなり乱暴に一つの枠に力ずくで収めてしまう道具だけれど。その言葉に気持ちや考えを詰め込んだところで、結局、人は自分一人が見つめる世界のことを忘れることはできないのだ。伝えるために言葉でデフォルメしてしまう前の、私の目だけに見える世界の姿。三重野さんのデザインは、その、ただ一人で見つめている「世界」の100%の姿を思い起こさせる。自分が触れたことのある水、自分が触れたことのある春、ざわざわと指先に残った感触を思い出すように、心に残った手触りが三重野さんのデザインで蘇(よみがえ)る。=朝日新聞2025年6月7日掲載