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「消え去る立法者」書評 暴君に堕さぬために必要な覚悟

評者: 三牧聖子 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月22日
消え去る立法者 フランス啓蒙における政治と歴史 著者:王寺 賢太 出版社:名古屋大学出版会 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784815811204
発売⽇: 2023/03/03
サイズ: 22cm/491,30p

「消え去る立法者」 [著]王寺賢太

 啓蒙という言葉に心ときめく人は少ないかもしれない。今の世界には、人間理性のはたらきを通じ、平等な政治社会の実現を目指してきた近代啓蒙そのものへの懐疑、差別や権威主義の赤裸々な肯定すら広がる。しかし啓蒙に見切りをつけるのは早い。そもそも啓蒙時代の哲学は、今日失望が表明されているような理性中心主義だったのか。モンテスキュー、ルソー、ディドロのテクストを、彼らが生きた時代背景も踏まえて徹底的に読み込んだ本書は、私たちは彼らの重大な問題提起をつかみ損ねてきたのではないか、そんな根源的な問いへと誘う。
 3人の哲学者は、政治共同体の創設において立法者を不可欠の、しかし危うい存在とみなした。いまだ人民も政治共同体も存在しない、つまり、人民が同意を与えることなどできない状況で、人民に与える法律を定める存在だからだ。こうしてつくられる政治共同体がなお、立法者の恣意(しい)や強制ではなく、人民の同意や意志に基づくといえるとすれば、それはなぜか。
 この問いとの格闘から哲学者たちは「消え去る立法者」の議論を発展させた。暴君に堕さないために、立法者は新たな政治共同体の創設と共に消え去る――自身が創設した法秩序に自ら服し、自身の優越性を消し去る必要がある。ディドロの『百科全書』が描くギリシア最古の立法者ザレウコスが、自ら作った法律に服して首を刎(は)ねられたように。
 現実世界の立法者は、消え去るより居座ることに熱心に見える。日本でも「秩序」を大義に、立法者と人民との非対称な権力関係を強化するような法律が次々と提案されている。法で秩序をいかにつくりだすかに注力するあまり、立法行為に伴う暴力や権力の契機をいかに消し去るかという、もう一つの問いが忘れられていないか。3人の哲学者は、教科書の中の偉人ではなく、私たちと地続きの課題に悩み、格闘する同志として語りかけてくる。
    ◇
おうじ・けんた 1970年生まれ。東京大教授。共編著に『現代思想と政治』、訳書に『カントの人間学』など。