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「高倉健、最後の季節。」書評 映画のようなセリフを残し逝く

評者: 横尾忠則 / 朝⽇新聞掲載:2023年04月29日
高倉健、最後の季節。 著者:小田 貴月 出版社:文藝春秋 ジャンル:芸術・アート

ISBN: 9784163916705
発売⽇: 2023/03/29
サイズ: 20cm/209p

「高倉健、最後の季節。」 [著]小田貴月

 「何かあったらいい先生を紹介しますから」と健さんから電話があって一年もしないある日、貴月(たか)さんから突然、健さんの訃報(ふほう)の知らせがあった。
 本書は死の前年に養女となった貴月さんの11カ月に及ぶ健さんとの闘病記である。亡くなる年の元旦、出された料理を健さんが珍しく残したのが事の始まりだった。
 健康に自信のある健さんは風邪の症状ぐらいと軽く考えて「そんなに言うんだったら、行ってやるよ」とまるで他人事(ひとごと)のように不貞腐(ふてくさ)れながら重い腰を上げて病院に行った。その後不退の位となるまで入退院を激しく繰り返すことになるが、この間、病室に泊まり込んでの貴月さんの健さんに対する看病は常人の域を超え献身的なものであった。
 入院を繰り返す度に健さんは「いつ帰れますか」と毎回同じ質問を先生にする。傍目(はため)には重体なのに、考えることは次回作への意欲ばかりが先行するが、この辺は先生や貴月さんとはズレている。気力を最優先する健さんの性格に、病院も次々と対応手段を打ち出すが、何せ健さんの肉体は日々崩落の一途を辿(たど)っているように見える。
 そんないらだちの中で死の予知を暗示してか、健さんは「僕は、この病気で死ぬのかな」と貴月さんにポツりと語った。彼女は無言で口をキュッと結んで痛がる腰を摩(さす)り続けた。命の限界を自ら認めざるを得ないのか、この辺のことは誰にもわからないが、明らかに命の灯火(ともしび)の賞味期限がないことが、先生にも貴月さんにも予感されていたのではないか。
 そんな時、貴月さんは思わず、「棺(ひつぎ)のなかに一緒に入れていただきます」と口ばしってしまう。健さんは笑って見過ごすが、ドキッとする言葉だ。そしていよいよ最期の瞬間を迎える。健さんがまるで映画の台本のようなセリフを残して実が虚になる瞬間に、僕は立ち会うことになった。
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おだ・たか 1964年生まれ。女優などを経て、現在は高倉プロモーション代表取締役。著書に『高倉健、その愛。』