安田浩一が薦める文庫この新刊!
- 『酒場學校の日々 フムフム・グビグビ・たまに文學』 金井真紀著 ちくま文庫 880円
- 『越境する民 近代大阪の朝鮮人史』 杉原達著 岩波現代文庫 1672円
- 『2050年のメディア』 下山進著 文春文庫 1210円
(1)初めて足を運ぶ酒場だ。迷いの末に「エイッ」とドアを開ける。その瞬間から、閉店までの5年間に及ぶ物語が始まった。新宿ゴールデン街の「酒場學校(がっこう)」。詩人・草野心平ゆかりの小さなバーだ。卒論のテーマに選ぶほどの“心平ファン”だった著者は新聞でその存在を知って足を運び、気が付けば「登校」を重ねる毎日。ついには水曜日だけのママを任された。酔っ払いの戯言(ざれごと)と、店を切り盛りする禮子(れいこ)ママの魅力は、実に濃厚な味わい。まるで上質の酒のようだ。いま、作家として活躍し、難民支援にも奔走する著者の原点は、おそらくここにある。まさに人生の「學校」だった。
(2)君が代丸――戦前、大阪と済州島を結んだ連絡船には、植民地支配を象徴する名称がつけられていた。この船で、多くの朝鮮人が大阪に渡り(あるいは渡航を強いられ)差別と偏見のまなざしを受けながらも、都市の近代化に貢献した。丹念な聞き取り調査によって明かされる交流の歴史と、君が代丸で「越境」を果たした人々の苦闘と苦悩。日本の近代史は在日コリアンの来歴と重なるのだ。
(3)新聞の購読者減が止まらない。「このままではもたんぞ」。強気で知られる読売新聞の渡辺恒雄主筆でさえも、そう漏らした。新聞界も指をくわえてネットの猛威をやり過ごしているわけではない。そこには試行錯誤の連続があり、壮絶な戦いがあった。その軌跡が、粘り強い取材によってあぶりだされる。そして、満身創痍(そうい)のメディアが向かう先はどこか――。=朝日新聞2023年4月29日掲載