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「資本主義の次に来る世界」書評 想像力を刺激 必読の脱成長論

評者: 福嶋亮大 / 朝⽇新聞掲載:2023年06月03日
資本主義の次に来る世界 著者: 出版社:東洋経済新報社 ジャンル:社会学

ISBN: 9784492315491
発売⽇: 2023/04/21
サイズ: 20cm/296,28p

「資本主義の次に来る世界」 [著]ジェイソン・ヒッケル

 フランスから広まった脱成長論は、コロナ禍を背景として日本でも近年話題になり始めた。ただ、私も含めて「興味はあるが、まだピンとこない」向きも多いだろう。日本経済は長く低迷しているのに、この上さらに成長を諦める必要はあるのか?
 本書はそんな疑問をもつ読者にうってつけである。脱成長論の旗手である著者によれば、資本主義は際限のない「指数関数的成長」を信仰する宗教的なシステムである。それは囲い込みによってコモンズ(共有地)を破壊し、極端な不平等を生み出し、生態系に深刻なダメージを与える。企業は製品の寿命を短くして成長をむりに続けようとするが、それはやがて破局を迎えざるを得ない。
 では、クリーンエネルギーを採用し、技術革新に期待するのは? それも必要だが、成長のために成長を求めるという倒錯がある限り、太陽光パネル設置を推進しながら森林を減らすという類の、おかしな政策が出てくるのは避けられない。高所得国がグローバルサウスに負担を負わせる構造も変わらない。
 さらに、我々は「経済成長で全体のパイを増やさなければ貧困も解消しない」と漠然と考えているが、高所得国のGDP(国内総生産)が増えても、それは一握りの富裕層をより富ませるばかりで、社会全体の公正や幸福にはつながらない。ゆえに、GDPで経済の質を考えるのをやめて、他の生物との親密なつながりを取り戻す経済思想が必要なのである。著者はアニミズム的存在論やスピノザ哲学を、その構想の核心に置いている。
 自然を一方的に収奪することなく、人間や生態系の福祉を優先する心と社会こそ望ましい――言葉にすると簡単だが、それを多くのデータと魅力的な社会思想で論証した著者の力量はすばらしい。本書は、誰が読んでも想像力を刺激されるだろうが、特に政財界人は必読である。
    ◇
Jason Hickel 1982年生まれ。経済人類学者。アフリカ南部のエスワティニ(旧スワジランド)出身。