運動が好きじゃない。なのに、小学生の頃に一度だけ、バスケットボールクラブに入ってみたことがある。授業のコマを使って取り組む週1回のクラブだったから、やったのはミニゲームばかりだった。走るのも球技も苦手だったから、そんなゆるい取り組みですら結構バテた。パスが回って来ないと腹が立ったが、ボールが来たら来たで困った。体育館でずっこけると、摩擦が違うのか結構痛い。シュート以前の問題で、ドリブルしながら動いてみるのも想像したより難しかった。ダンクは無理だろ、と思った。必要なんてなかったのに、ストップウォッチまで手に入れてしまった。ぜんぶスラムダンクのせいである。
映画の大ヒットで若年層にもファンを広げていると知って、我がことのように嬉しくなっている同年代はきっと多いことだろう。『SLAM DUNK』は不良あがりの桜木花道がバスケットボールの面白さに目覚め、夏の大会を突き進んでいく4ヶ月の物語である。全体を通して非常にストイックな作品に仕上がっており、一切の贅肉を許さないような完璧なラストには井上雄彦氏ならではの美学を感じる。「バスケットはお好きですか?」から始まった物語は、きれいな円環を描いたのちに「大好きです」に帰結する。よく、何々を通して何々を描こうとした作品……というような言い回しがあるが、スラムダンクは“バスケを通して、バスケの面白さを描ききった作品”だ。だからこそ、未来永劫、色褪せることがないのだろう。
魅力的なキャラクターが数多く登場する中でも、主人公・花道のキャラクターは読み返す度に目新しいものを感じる。みずからを天才と自称する不遜な不良と思いきや、その実、根は繊細だ。その匙加減が本当に上手い。基本的には少年ジャンプの主人公らしい騒がしさで読者を楽しませてくれる一方で、内的な感動が生まれる場面においては、花道の感情表現は驚くほど控えめだ。「オレ…なんか上手くなってきた…」。強豪校のライバルたちとの対決シーンを動的だとするならば、バスケが上達していく喜びを描いたシーンは極めて静的である。そのコントラストこそ花道の魅力であり、スラムダンク全体の魅力でもある。
言葉の巧みさにも触れておきたい。語り継がれている数々の名セリフのほか、「シュートの練習は楽しかった」に代表される、余韻を残すナレーションも作品の完成度をぐっと押し上げている。『庶民シュート』のネーミングも実は注目すべきところだろう。これを『凡人シュート』とはしなかったところに作者のセンスが光っている。嫌味がなく、なんともいえないおかしさがあって、花道の親しみやすい人柄まで伝わってくる不思議なフレーズだ。
作中のキャラクターたちは「バスケットマンである」という点で、序列なく互いをリスペクトしている。それは井上氏の彼らに対するまなざしであるとも言えるだろう。陵南との練習試合直前、安田が初めてスタメン入りを告げられるシーンは、地味ながら名場面である。進行上、安田が無言でビブスを見つめているコマがなくとも次のシーンへ繋げることは出来るのだが、それをしっかりとヒキの画で見せているところに作家の意思が感じられる。スラムダンクは、決してスタープレイヤーのみで成り立っている漫画ではないのだ。