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山下澄人「おれに聞くの? 異端文学者による人生相談」 著者ならではの「作品」を堪能する

『おれに聞くの? 異端文学者による人生相談』

 山下澄人は世界をこう把握している。自分の頭で考え、小難しい言葉を使わずとも、自信をもって世界を見つめている人の言葉に触れると、自然と自分の悩みの本質が見えてくる。
 専門家は正確さを期するから、答えを求めている人にとっては歯切れの悪い回答がかえってくる。裏付けのないことは言わないし、1%でもほかの可能性が残されているなら、すべてと言わずに「99%」と言うだろう。それが専門家の矜持(きょうじ)だ。しかし人はすぐに救いの手を欲しがる。あるいは欲しかった答えに飛びつく。そこに付けこむのが断言し、あるいは極言する詐欺師のような人たちだ。かたや差し障りのない人生相談となると、あらゆる人たちからの批判を回避するために予防線が張り巡らされて、途端にのっぺりとした「模範解答」のようなものが返ってくる。
 本書は人生相談といっていいものかもわからない。〈誰かがそれを「人生相談」と呼んだから「これは何だ? の説明にわかりやすい」と本のサブタイトルにそう書いてある。わかりやすく、と出版社が考えるのは当然だ。(中略)ただわたしは人生相談などというつもりはまったくなかったし、今もない。「どう思いますか?」と聞かれて「こう思う」といっただけだ。人生とやらのまだ途中であるわたしに他人の「人生」の相談に乗れるはずがない〉、山下澄人はこう前置きして、生きること、書くこと、関わることにわけて、質問に回答する。

 たとえば「良い俳優の定義はありますか?」という質問がくる。回答は「定義はないです」からはじまる。〈今日の空の雲の具合と風の感じと温度と湿度はとてもいいね、とはいえますが、しかしそれは「良い天気」の定義にはならない。俳優はほとんどそれです。(中略)無理矢理こしらえた枠内に押し込めようとしていきますが、そもそも生きて動いているものにそうしたやり方は通用しないし、その考え方自体がいんちきなのだし、見たければ知りたければじっと見続けて考え続けるしかないのだと思います〉と結ぶ。
 およそ、ブンガク(文学が、小説を書く行為なのか、読む行為なのか、研究することなのかよくわからないのでカタカナで書く)に携わる方々は、こうした切迫した問題意識を、小説なり詩なり随筆なりの、それより伝える方法がない形で「作品」として世に出しているものと思うが、山下澄人が、小説を読み慣れない人でも読みやすい形式で「作品」を残してくれたのは幸運というほかない。写真を撮る意義はなにか、猫が死んだらどうしよう、そんな質問に、どこから読んでも味わえる山下節で回答している様を堪能いただきたい。=朝日新聞2023年6月17日掲載

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 平凡社・1980円。著者は66年生まれの作家。2017年に『しんせかい』で芥川賞を受賞、著書に『君たちはしかし再び来い』など。本書はウェブ掲載の書籍化。