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深沢潮さん「李の花は散っても」 日韓の歴史に翻弄された2人の女性「いまにも通じる普遍的な悲劇」

深沢潮さん

 在日コリアンや女性の生きづらさをテーマに小説を書いてきた深沢潮さんの「李の花は散っても」(朝日新聞出版)は、大正、昭和を生き、日韓の関係性に翻弄(ほんろう)された2人の女性を描く長編だ。

 日本の皇族・梨本宮家に生まれた方子(まさこ)は14歳の夏、新聞を開いて自身の婚約を知り、息をのむ。相手は朝鮮・李王朝の皇太子、李垠(イウン)。「日鮮融和の礎になる」という使命を背負った方子は、日本人と朝鮮人双方からの脅迫や嫌がらせ、そして両国の間にある深い溝に直面していく。

 編集者から「次作で評伝はどうか」という提案を受けていた頃、韓国旅行で李方子のことを知った。深沢さんの父が李王家の傍系子孫であることもわかり、身近に感じながら取材を重ねた。

 国同士の融和を結婚という形で個人に背負わせるのは、あまりに酷だ。深沢さんは「方子がまだ幼かったからこそ受け止められたのだと思う。冷静に考えてしまうと、とても耐えられない」と話す。少女だった方子は垠と過ごすうちに、視点が自然と広がっていく。

 もう一人の主人公、マサは架空の人物だ。方子と同い年のマサは、朝鮮の独立運動に身を投じる男性と日本で出会う。2人は恋に落ち、朝鮮へ渡る。朝鮮で終戦を迎えたマサは、「日本人だから」という理由で標的になる。少し前までは、日本人が朝鮮人を抑圧していた地だ。マサは心のなかで言う。〈――国って、なんなのだろう〉〈――心がどうあろうとも、なにじんであるかということに、振り回されなければならないのか〉

 深沢さん自身の心の叫びでもある。在日コリアンの両親から生まれた深沢さんは、「小さい頃からアイデンティティーの揺れがあって、心のなかでいつも叫んでいました」。

 物語は、100年以上前の日本を舞台に始まる。だが、昔話には思えない。「人間の狂気や残虐性はいまにも通じる。普遍的な悲劇があるのだと、書き終えて気づいた」と深沢さんは話す。ロシアのウクライナ侵攻が始まった昨年2月は、出版に向けて改稿中だった。「100年前の繰り返しが起きてしまっていると感じました」

 子供の頃から韓国人への差別発言に苦しんできた。書くことで自身の出自に向き合い、自己を解放していった。「自分の日常が他の人には特別だし、歴史も知られていない。朝鮮の話も、そうでない話も、自分が書きたい話を書いていきます」(田中瞳子)=朝日新聞2023年6月28日掲載